| ―放課後。 昼休みの後、二時間の授業があり、全校生徒で掃除を実施する。最後にクラス内で連絡事項を伝え、はじめて放課となる。 放課になってしばらくが過ぎ、日が沈みかける頃、雄一郎は居残りの宿題をやっとのことで終わらせた。 「やっと終わった…。ったく、あのヅラババア…。」 愚痴をこぼしつつも、さっさと机を片付ける。ひとしきりの用意を鞄に入れたことを確認した後、雄一郎は教室を出る。 生徒のいない廊下は本当に静かであった。時折、外で部活をしている生徒達の掛け声が聞こえる。元々静かな所が好きな雄一郎であったが、この学校という場所からはすぐさま離れたいと思った。 階段を下りて、一階までやってくる。左手に進めば、生徒と職員それぞれの玄関に行けるのだが、終わらせた宿題を先生に見せに行かなければならず、右手の職員室のある方へ進んでいった。 「はい、よくできました。今度はおうちでちゃんとやってきましょうね。」 適当に受け答えを済ませ、さっさと職員室を出る。厄介事が済んだ雄一郎は、すっきりとした気分で玄関に向かっていった。 「それでは今日はこれで失礼します。娘を何卒よろしくお願いします。」 「いえいえこちらこそ。今日はわざわざ御足労いただきありがどうございました。」 品のいい男性の声と共に、やけに畏まった敦の声が聞こえる。敦と言えば雄一郎のクラスの担任である。階段付近まで来ていた雄一郎は、珍しく聞く腰の低い敦の声に気を取られずにはいられなかった。 雄一郎は、興味津々で声のする方に近づいていく。 「それじゃあ、明日からみんなと一緒に授業をするからね。」 「はいわかりました。それじゃあ先生、さようならぁ。」 「はい、さようなら。」 快活な少女の声が聞こえる。その横には父親と思われる紳士がいて、その紳士に敦はお辞儀をしていた。 あれが転校生か…。この学校の制服を着込んでいる少女を見て、雄一郎はぼんやりとそんなことを考える。 ふと、少女がこちらを見る。…目が合った。 ―その少女の表情は清らかで、その少女の眼差しは澄み切って、全てを貫き、全てを飲み込むような、全てを忘れてしまいそうな、そんな空間をもたらしてくれていた― 実際には一秒もたっていなかった。雄一郎にとって、それな何十分にも感じられた。少女がにっこり微笑んでお辞儀をしても、雄一郎は頷く事すらまともにできなかった。 少女達はいつの間にかいなくなり、雄一郎に気づいた敦だけが残っていた。 「なんだ雄ちゃん、いたのかぁ。」 敦の田舎臭い声が雄一郎を現実に引き戻す。 「ああ、ちょっと居残りで…。」 何事もなかったかのように雄一郎は取り繕う。 「ああそうか。宿題なんて何分もかからないんだから、さっさとやっときゃいいのに。」 「そうは言っても、家に着くと忘れちまうんだよなぁ。」 「まあ、今は遊びたい盛りだからな。わからんでもないけど。」 「だからそういうことにしといてよ。」 「しとくワケにもいかないんだがなぁ。」 敦が顔をしかめる。教師という立場上、宿題の放棄を容認するのもおかしな話である。 「しかし、宿題よりも帰り道に気をつけた方がいいかもな。」 「ん?最近噂になってる変質者のこと?」 「うん、って言うか、帰りは二人以上でって言ってなかったっけ。何一人で帰ろうとしてんのさ。」 「俺みたいな居残り学生を待ってくれるようなヤツはこの学校にはいないと思うんだけど。」 「しょーがねーっちゃしょーがねーか。まあ、野郎だから大丈夫だとは思うけど。」 「そうそう。俺みたいなヤツ襲ったってなんの得にもなんねーんだから。」 「んだな。さっきの彼女みたいなら話はわかるけど…。」 敦は、先程の少女のことを引き合いに出す。 「そういやあれ、転校生か?」 「ああそうだよ。君も見ただろ?」 「まあ、一応。」 「結構可愛かったろ?」 「さあね。」 「なんだあ、素直じゃないなぁ。」 「関係ないだろ。俺、もう行くよ。」 雄一郎は、敦にこれ以上からかわれまいと玄関に向かう。 「ああ、気をつけて帰れよ。」 「はいよ。」 適当に返事をして校舎から外に出る。夕焼けがまぶしい。校庭で運動している生徒達を尻目に雄一郎は学校を後にする。 帰り道。雄一郎は先程の少女のことが頭から離れなかった。正確に言えば、少女と目を合わせた瞬間の、あの不思議な感じだった。 …なんなんだ、あいつは。 考えるという行動すら束縛されたあの瞬間。全てを飲み込まれるような錯覚。恐怖と似ている、それでいて何か違った感触。 その時感じたことを必死に思い出そうとするが、どう頑張っても思い出すことはなかった。 …わかんねえ。一体なんだってんだ…。 雄一郎は考えるのをやめた。細かいことをいつまでも考えるのは性分ではなかった。思考を切り替え、さっさと家に帰ることに専念する。 「どうせまた学校に来るんだ。その時にでも考えりゃいいことだ。」 そう言い聞かせ、家で遊ぶことを考え始める。そうすることによって、雄一郎は次第に少女のことを忘れていくのであった。 家に帰った雄一郎は、いつものゲームに没頭していた。夜が更け、何もかも忘れた雄一郎はそのまま眠りに就くのであった…。 |