| ―トントン。トントン。 何者かが腕を突付いてくる。眠っているとわかってるくせに起こそうとするなんて失礼な奴だ。だけど隣の席なんてなかったはず…、ああそうか。転校生が来たんだっけな。…て、その転校生が何の用なんだ? 雄一郎は目を覚まし、隣の席の水琴の方に振り向く。やっとの事で雄一郎が起き上がったので嬉しいのか、水琴の表情がパッと明るくなる。 「あ、起きた。」 「…何か用か?」 水琴が小声でつぶやいたせいか、雄一郎も小声で聞き返す。 「あのね、ノートをちょっと見せて欲しいんだけど…。」 現在、英語の授業中である。英語担当の森藤が、黒板にひたすら英文を書き連ねている最中であった。 雄一郎はこの時点ではじめて授業中だということに気づく。水琴につられて小声で答えていなければ、今頃森藤に注意されていたであろう。 「何に使うんだ?」 「あのね、黒板に書いてある英文より前の訳を確認するのにちょっと見せて欲しいんだけど…。」 そう言って、教科書のページの真ん中あたりの英文をシャーペンで指す。 どうやら、現在黒板に書かれている英文がそのあたりなので、それ以前の英文の和訳を確認したいらしい。 状況を飲み込んだ雄一郎は、はっきりと答える。 「そいつは無理だな。」 「え、ダメなの…?」 水琴は表情を曇らせるが、次の雄一郎の一言で見事に固まってしまう。 「そんなもん俺が書いてるわけないだろう。」 「え?」 雄一郎は自信たっぷりに言い切って見せるが、水琴にとっては予想外の回答であった。どう反応していいのかわからなくなっている。 「つーか、授業中に寝てる俺にノートを見せてもらう事自体間違ってるだろ。普通は、そこそこ真面目な女とかに言うんじゃないのか?」 「あ、そっか。」 「わかってるなら始めからそうしろ。」 「そだね、ゴメンゴメン。」 水琴は前の席の女子生徒に話しかける。会話の矛先がそれたことを確認した雄一郎は再び机に頭を預ける。 大体にして授業中に俺に質問すること自体間違いなんだよ。ひたすら眠ってる俺に何がわかるってんだ。ノートなんか書いてねーっつーの。 第一、家ですらまともに書いたことがないノートをだ、授業中に書くわけがねえ…って、おい。 雄一郎はここである重大なことに気づいてしまった。 「また宿題忘れた…。」 驚愕の新事実に気がついてしまった雄一郎はそのまま机にうなだれかかりながら残りの授業時間を過ごすことになってしまった…。 居残りで宿題をすることが確定されたまま、雄一郎達は昼食を迎える。 この田舎学校の給食は、隣り合う二列の机を向け合い、教卓から見て縦の長方形を作るようにしてくっつける。みんなで一緒に食事をする目的と共に、配膳の効率を良くする意味がある。 雄一郎は、今まで隣り合う席がなかったので横に向いてる机に縦にくっつくというおまけのような付き方をしていた。しかし今日からは、水琴と向かい合って食事をすることになる。 当事者の水琴の方は、周りの女子に説明を聞きながら机をくっつけ始める。興味津々な表情をしている。 一方、雄一郎は水琴がくっつけたことを確認してから存在感を出さないように机を近づける。さすがにこの時は眠ることもできないので、雄一郎は暇潰しにトイレに行こうと教室を出る。 三階のトイレは、教室から出たところから左方向、登校してくる時の向きで言えば教室よりさらに進んだところにある。 雄一郎はそこで用を足し、再び教室に戻ってきた。 配膳もあらかた片付き、給食の当番も席に着き始めていた。 雄一郎が席に着く。水琴や周りの生徒達は楽しく会話を繰り広げる。 いくらも経たないうちに日直と思われる男子生徒が教卓の前に立つ。騒がしかった教室が一気に静まり返る。 「手を合わせてください。」 そう言って日直は一呼吸置く。生徒達が手を合わせたことを確認する。 「それでは、いただきます。」 「いただきまーす。」 生徒全員の掛け声を境に、給食に手がつき始める。これが、この学校の給食における習わしなのである。 「へー、水琴ちゃんの住んでたとこってテレ東映るんだぁ。」 「うん、なんとか映ってるみたい。」 「じゃあさ、ニバンゲリオンとかリアルで見てた?」 「見てたよ。あの時からなんかアニたくさんやるようになってね…。」 水琴達は周りの生徒達と都会のローカル局の話で盛り上がっていた。 普段から特に会話に参加しない雄一郎は、いつも通り黙々と給食を平らげていった。 数分で給食を食べ終えた雄一郎。一息ついてみると、いつしか水琴がこちらを見ていることに気づく。水琴は、雄一郎の顔と食べ物のなくなったさらを交互にきょとんとした表情で見ている。 「ん?なんだ?」 思わず雄一郎が話しかける。水琴が何も言わずにこちらをみつめていたせいであった。 「食べるの早いねぇ。」 「は?こんなの普通だろ?お前が遅いだけだ。」 「そうじゃなくて、よく噛んで食べないとダメだよ。」 「え?」 予想外の切り返しに、今度は雄一郎がきょとんとする。水琴は諭すような態度で話を続ける。 「一口三十回くらい噛むんだよ。でないと体に良くないんだよ。」 「お前に心配されるほどヤワじゃねえよ。」 「それに、よく噛んで食べると頭が良くなるんだよ。」 「それは俺に対するあてつけか?」 「え?どうして?」 皮肉かと思って返してみれば、水琴は本当にわからないといったような顔をする。雄一郎はまたしても毒気を抜かれてしまう。 「でも水琴ちゃん、よく噛んでなんてなんだかお婆ちゃんみたーい。」 「えー、そんなことないよー。」 水琴の隣で食べている女子が話しかけてきたことにより、雄一郎は会話から隔離される。割り込む気もしない雄一郎はそのまま時間が経つのを待った。 「ごちそうさまでしたー。」 日直の掛け声で給食の食器が片付けだされる。使った食器は自分で片付けるのがルールで、黒板前にあるカゴの中に入れる。食べるのが早い生徒はいち早く片づけを済ませ、外へ遊びに行く。そうでないものはゆっくりと食事を楽しむ。 雄一郎はさっさと机を離したかったので、素早く食器を片付けてくっついている机を引き離す。そして、いつも通り机に突っ伏して昼休みの時間を過ごすのである。 水琴たちの食事が終わり、食器の片づけを始めていると、いつものメンツが訪れた。 「おーい雄ちゃん。」 「相変わらず根暗ってるねぇ。」 葵と継美である。水琴が席を離れた時にちょうど訪れたのであった。 「なんだかんだ言っても、お前らだってここに来てるじゃねーか。」 「へへ、まあね。」 「でもまあ、今日はもうひとつ見たいものがあってねぇ。」 継美がそう言うと、食器の片付けの終わったが水琴が机を戻しにやってきた。継美と葵は場所を譲りながらも、まじまじと水琴を観察する。 「あんたが聖晶学園から十凪水琴ちゃんね。」 「え?うん、そうだけど…。」 「へー、継美ちゃんすごーい。名前も学校も知ってるんだぁ。」 初対面の人間にいきなり名前を言い当てられて戸惑う水琴。反対に、言い当てたことを感心する葵。 「まあ、いきなり言われてびっくりかもね。あたしはA組の伊邪那岐継美。こいつは桐咲葵。継美でいいよ。」 「じゃあ僕も葵でいいでーす。」 「じゃあ私も水琴でいいよ。」 雄一郎とは違い、圧倒的にいい雰囲気で会話が成立する。雄一郎はその様子を呆然と眺めている。 「でも、どうして私の名前と学校知ってるの?」 「実はね。あたしの知り合いが聖晶学園にいるのよ。」 「え?そうなの?」 「多分あんたも知ってると思うよ。ちょっと耳貸して…。」 そう言って継美は水琴の耳に口を近づける。興味深そうに水琴は耳を傾ける。そして、継美が何やら囁くと、水琴の表情が途端に明るくなる。 「えー!そうだったの!?」 「そうそう。なんでかわかったでしょ?」 「うん!そっかあ、私のこと心配して…。」 「まあね、あいつらにはあたしも恩があったし、せっかくの縁だからね。」 「そうだね。よろしくね、継美ちゃん。」 警戒心さえ抱いていた水琴とここまで意気投合している継美を、雄一郎と葵が不思議に思わないはずがなかった。 「ねえねえ継美ちゃん。一体何の話したの?」 「わざわざ耳打ちにしたんだから、内緒に決まってるでしょ。」 「えー、二人ばっかりずるいよぉ。僕にも教えてぇ。」 「ダメ、絶対。…って感じぃ?ってなワケでこれは秘密ね水琴。」 「うん。秘密秘密。」 すっかり二人は打ち解けていた。入り込む余地のない葵は、雄一郎に泣き言を漏らす。 「雄ちゃぁん、僕仲間はずれになっちゃったよぉ。」 「知るかそんなこと。俺なんか始めから蚊帳の外だ。」 「でもぉ、女の子が二人のヒミツだなんて、絶対なんかあるよぉ。」 「あんまし深く突っ込むとセクハラ呼ばわりされるぞ。」 「そうそう。特にあんたなんか近寄っただけでセクハラとか言われたりするかもよ。」 雄一郎と葵の会話に割って入る継美は、早速雄一郎の揚げ足を取る。 「なんだと。だったら日頃から俺のトコにやってくるお前にはセクハラにはならないよな。むしろ逆か?」 「なにおぅ?この純粋無垢な継美ちゃんに向かって逆セクハラとは失礼千万。あんたの目は節穴かい?」 「あ、でも継美ちゃんっていろんな男と話してるから結構当たってるかもねー。」 ―ビシッ! 「うぅ。痛いよ継美ちゃぁん…。」 葵の一言に、継美はすかさず裏拳を顔面に叩き込む。 葵は、右手で顔を押さえながらうずくまる。 「あははっ。継美ちゃん達って面白いね。」 「ん?そう、まああたしは愛と笑いを振りまくサ○ーちゃんだからね。こんなネクラマンサー達にも愛情たっぷりに笑いを振りまくのよ。」 「ネタがマニアックなんだよ。歳ごまかすなよ。」 「はぁ?何の話?そういうのって気がつく方がおかしいんじゃない?ま、あんたは根暗だからマニアってもおかしくないけどさ、ねぇ?」 「なんだとこの逆セクハラ。」 「なによこのネクラマンサー。」 「あはは。なんか話がすごい方向に行ってるー。」 「―!」 「―!」 雄一郎と継美のやり取りを水琴は面白そうに眺める。葵ももはや傍観するだけであった。 教室に残っているのは雄一郎達と数名の生徒のみ。この時だけは、雄一郎たちが最も騒がしいグループである。 そんな他愛もない会話を繰り広げながら、残された昼休みの時間を過ごす雄一郎達であった…。 |