| 転校生が同じクラスメイトとして過ごす初めての登校日。 雄一郎が教室に入るとそこは、いつもとは違った雰囲気。一昨日までなかった自分の隣の席。そして昨日出会った転校生水琴。前の席の女子と他愛のない会話を楽しんでいる。 いつもと同じように席に近付いていく雄一郎も、この光景に違和感を感じずにはいられなかった。 「あ、雄一郎君。おはよ。」 「…おう。」 明るく挨拶してくる水琴に適当な返事をして雄一郎は鞄を机に置く。いつものように中身を机に入れる。前の女子との会話を終えた水琴は、会話の矛先を雄一郎に向けてくる。 「ねえねえ、いつもこんな時間に登校してくるの?」 「まあな。」 「遅刻ギリギリだよ?いつもなの?」 「いつもだ。遅刻してないんだからいいだろ。」 「まあ、そうだけど…。でも、不安じゃない?」 「何が?」 「もし何かあって遅刻しちゃったらどうしよぉー!とか。」 「ない。遅刻もだ。」 「ウソぉ?」 「ホントだ。嘘言ってもしゃーねーだろ。」 そんな話をしているうちに担任の敦がやってくる。 学級委員の夏奈子が起立の号令をかけたところで会話が打ち切られる。 「おはようございまーす。」 「おはようございまーす。」 定例の挨拶を済ませ、一同着席する。そして敦のいつもの話が始まるのであった…。 ―一時間目。 青い空が広がり、強い日差しが学校全体に降り注ぐ。 三年B組の生徒達は、校舎前に広がる校庭で散り散りになって様々なものや風景を見定めている。美術の授業であった。 校庭の風景、自転車置き場、プールサイド、校庭から見た校舎など、生徒達はそれぞれスケッチするためのモチーフを探している。どれを題材にしようかと迷っている生徒は決して少なくはなかった。 正面玄関を出ると、校門から体育館に続く一直線の砂利道がそこを横切っている。その砂利道を境にして校庭と校舎は分かれている。校舎のベランダからは、校庭が一望できるようになっているのだ。 雄一郎は、正面玄関を出てすぐ右手にある石碑をスケッチしていた。 平たい石段の上に載せられた楕円形の形をしており、中心には「定礎」と文字が刻まれている。 雄一郎はその石碑から数歩下がったところの砂利の地面に座り込み、その大きな石碑を画用紙いっぱいに鉛筆で書き殴っていた。 「あ、藤崎くんだ。あの変な石描いてるのかな?」 「みたいだね。」 「…。」 雄一郎の後方でなにやら話し声が聞こえてくる。わざわざ反応するのも面倒だった雄一郎はそのままスケッチを続ける。 雄一郎のスケッチは実に簡単であった。目の前の石碑が紙面の大半を占めているので、石碑の形が出来てくれば、その後ろにある花壇や校舎は申し訳程度に付け足せばよかったのである。 あまり早く終わらせてしまってもサボっているように思われるので、雄一郎は頑張って描いているように見せるため、石碑の背景を適当にいじくり回していた。 「うーん、なんかこの花壇じゃ寂しいよねぇ。」 「それに職員室から丸見えだし、ちょっと緊張しちゃうよね。」 「別になんでもいいけど…。」 先程と同じ女子達の話し声が聞こえてくる。どうやら校庭を一周してきたらしい。足音と共に、その三人の話し声が大きくなってくる。雄一郎の方へ近付いてきているのだ。 「ねえねえ雄一郎君。」 「ん?」 近付いてきた女子生徒に声をかけられる。水琴だった。振り向いてみるとそこには夏奈子と玲も一緒に立っていた。 「なんか用か?」 「うん、どれくらい進んだのかなぁって。」 「ぼちぼちだな。」 「えー、どれどれ…。」 夏奈子が雄一郎の背後に回り、絵を覗き込む。それに水琴も続く。 「ああホントだ。もう大体終わってるよぉ。」 「もうこんなに描いちゃったんだぁ。」 興味津々に覗き込む夏奈子と水琴とは対照的に、玲はそこから一歩引き下がって落ち着いた様子で眺めている。 「お前らがブラブラし過ぎなだけだ。」 「だってぇ、私ここの事まだ全然わかんないんだもん。」 「わかんなくたって描くモンくらいテキトーに決めりゃあいいんだよ。」 「ああ、藤崎くんもしかしてこれ、テキトーに選んだのぉ?」 いきなり夏奈子が絡んでくる。何事にもまっすぐな性格の彼女は、雄一郎の行動に対して拗ねたように言及してくる。 「まさか、この石をおっきく描けば楽に済むと思って選んだんでしょお?」 「さあな。この石が俺の事を呼んでたんだよ。」 「うぅ、ずるいんだぁ。ちゃんと真面目に選ばなきゃダメなんだよぉ。」 「そんなことをまだ少しも描いてないヤツに言われても説得力ねえぞ。」 「うっ…。そ、それは…。」 夏奈子が言葉を詰まらせる。雄一郎の動機が不純とは言え、絵の出来がそれなりなので、それ以上言い返しようがなかったのだ。 「それじゃあ、私達もここで描こう!」 「?」 「?」 水琴が思いついたように言う。雄一郎も夏奈子も一瞬呆気に取られる。 「水琴ちゃん、何言ってるの?」 「そうだよ夏奈子ちゃん。描くものが決まらないんだったらモノを描いちゃえばいいんだよ。」 「でもそれって、なんか…。」 「風景を描こうとするからいろいろ迷っちゃうんだよ。こういったひとつのモノを描こうと思えば、それが中心になるから集中しやすくなるはずだよ。」 「そっかぁ。確かにそうだよねえ。今までわたし達ずっとぼんやり眺めてただけだもんね。だからこれ!っていうのがなかったんだぁ。」 水琴の妙に理論めいた説明に夏奈子は納得させられてしまう。それと同時に、この石碑を描く事の理由が彼女らの中で形成されていった。 「よし!ここにしよ!」 「人の事は散々文句言ってたくせにゲンキンなヤツめ。」 「いいの!藤崎くんとは違って真面目に考えたんだから。」 「そうそう。だから雄一郎君は私達の事なんて気にしなくていいから自分の絵を完成させればいいの。」 そう言って、水琴は持っていたハンカチを地面に敷き、雄一郎の隣に腰掛ける。水琴の大胆な行動に雄一郎は驚いてしまう。 「おい、どういうつもりだ。」 「べっつにいー。どこで何を描いても自由なんだから、隣で描いたって問題ないでしょ?」 「お前なぁ…。」 「あ、面白そぉー。わたしもやるー。」 夏奈子も面白そうに、水琴とは反対側の雄一郎の隣に座る。 右には水琴、左には夏奈子。二人の女子生徒に挟まれて雄一郎は絵を描く羽目になってしまった。 「お前らな…。」 「うんうん、やっぱり集中して描くにはモデルがいないとね。」 「グッドアイディアだよ水琴ちゃん。さ、このまま描いちゃお。」 「なんでこんなことに…。」 雄一郎自身、まだ終わってはいなかったのでそこから離れるわけにもいかず、そのまま描き続けるしかない。妙な緊張感に苛まれながら、雄一郎は背景を描いていくのであった。 「はぁ…。」 一部始終を見ていた玲は、そこから少し後ろに下がり、校庭と砂利道の境目にあたる芝生の上に腰掛け、石碑とその周りをスケッチしていくのであった。 「お?みんなお揃いでやってるな。」 若い男の声。体育館の方から歩いてきたその男は、女子に挟まれている雄一郎を不思議に思い、声をかけてきた。 「あ、冴木先生。」 夏奈子が振り向いた先には、昨日雄一郎達と帰り道で出会った冴木が立っていた。 そう、冴木は美術担当の教師だったのである。 「なんだ藤崎君。女の子に挟まれちゃって。モテモテだなぁ。」 「見てるだけだからそんな事が言えるんだよ。」 「藤崎くんったら、照れちゃってぇ、もう。」 夏奈子がいたずらっぽい笑みを浮かべながら、肘で雄一郎の脇腹を小突く。 「藤崎君がこんなに女子に人気があるなんて意外だったなぁ。」 「その予想は外れじゃないぞ。今回はたまたまだ。」 「そうだよねぇ。こんなオイシイシチュエーションなんて中々ないもんね。」 「ははは。確かに、学級委員と転校生に挟まれた両手に花なんて中々味わえるもんじゃないぞ。」 「あんまりいいもんでもないけどな。」 半ばふてくされている雄一郎を夏奈子は楽しんでいた。水琴の方も面白そうにそのやりとりを眺めていた。 「だけど、みんなしてこんな石碑を描くとはねえ。なにか相談でもしたのかい?」 「それはですねえ、この水琴ちゃんが提案したんですよ。主役になるものがあった方がいいって。」 「なるほどぉ。それなら見ていてインパクトもあるしなぁ。さすが一流学校出身だなぁ。」 「ええーっ、そんな事ないですよぉ。」 そう言って水琴は照れ笑いを浮かべる。 「一流学校?こいつが?」 「あれ、藤崎くん聞いてなかったの?水琴ちゃんの出身校。」 「聖晶とかなんとかいうところだろ?それが一流なのか?」 「まあ、都会の学校だから知らなくても無理もないよ。あそこは、どんな劣等性でも一流の成績にまで上り詰める事が出来る不思議な学校でね。あそこに行っている生徒は大抵が好成績を修めているんだよ。」 「水琴ってそんなすごいヤツだったのか…。」 「もう、先生ったら。そんなんじゃないんですってば。」 「わたしもそこまでは知らなかったなぁ。水琴ちゃんって実はものすごい優等生だったんだね。」 「だからぁ…。」 冴木の説明に驚く雄一郎と夏奈子。水琴は照れながらもその事実を否定しようとしている。 「水琴って、実はアーパーの天然かとてっきり…。」 「うー、それはそれでひどいよぅ。」 「って、藤崎くん。キミが言える事じゃないでしょ。」 「まあねぇ。藤崎君はあまり成績がよろしくないみたいだからねぇ。転校生の事をとやかく言ってる場合じゃないんじゃないかい。」 「ん…。」 冴木の言葉により、雄一郎の口数が減る。不思議に思った水琴がその話に触れてくる。 「え?雄一郎君って成績良くないの?」 「まあ、あんまりな…。」 「そりゃあ、毎日の授業をあんなして過ごしてれば…ねぇ?」 「こら、雛森。余計なことを言うんじゃない。」 「あれれぇ?転校生に隠し事なんていけないよねぇ?」 夏奈子が意地悪そうに話を突っ込んでくる。水琴が心配そうな表情に変わってくる。 「勉強の仕方がわからないんなら、私見てあげよっか?」 「断る。必要ない。」 「あれれぇ?いいのかなぁ?せっかくのお誘いを断っちゃってえ?」 「そんな頑張らなくてもなんとかなるんだよ。」 「でももう三年生だし、あんまり油断しない方が…。」 「わかったわかった。必要になったら言うからもうその話から離れろ。」 「ははは…。」 雄一郎達のそんなやり取りを見て、冴木は小さく笑う。そんな素振りでさえさわやかな印象を与えてくれるのが彼の特徴であった。 「全く、君達を見ていると飽きないな。」 「先生。先生もこの不良学生になんか言ってやって下さいよ。」 「まあまあ、今は絵を描く時間だから精一杯描く事に集中してくれよ。」 「まったく。自分の教科じゃないからって見放さないでくださいよぉ。」 「そういうのは担任の佐藤先生の仕事だろう?僕の出る幕じゃないよ。」 「そうそう。そういうことは敦先生にでも任せておけば…。」 「藤崎くんが言うんじゃないの!」 「ははは…。」 冴木は雄一郎達のスケッチを一通り眺める。そして、他の生徒達を見て回るため、その場を離れ始める。 「じゃあね、とりあえず次の授業でもスケッチはやるけど、仕上がるところまで仕上げちゃうんだよ。」 「はーい。」 「それと、女の子は座る時あんまり膝を立てない方がいいと思うよ。横からでも見えちゃうからね。」 「ええっ!?」 「うそ!?」 その言葉にはっとした水琴と夏奈子は慌てて膝を伸ばし、スカートを押さえつける。今までの無防備な格好を思い出し、二人は赤面する。 「冴木先生のエッチー!」 「ははは…。」 夏奈子の叫びに微笑でこたえ、冴木は校庭の方へ歩いていった。 水琴と夏奈子は驚きのあまり動けずにいた。間にいる雄一郎は何食わぬ顔でスケッチを続ける。 「…藤崎くん。」 「なんだよ。」 「…見たでしょ。」 「は?」 夏奈子がボソッと言ってくる。雄一郎は意味がわからなかった。 「わたしのスカートの中見たでしょ!」 「知るかんなもん。」 「ウソ!絵が進んでるのいい事にチラチラ見てたんでしょ?」 「誰がするか。大体、お前らが勝手に座ってきたんだろーが。」 「だってぇ…。」 「まったく、何が面白くてお前のスカートの中なんか…。」 「ひっどーい!」 あれやこれやと夏奈子が騒ぎ立てる。雄一郎はもはや腹を立てる気分にもなれなかった。 「俺にどうしろってんだよ…。」 「雄一郎君、そういうのは女の子の許可をもらってからするんだよ。」 「お前は話をややこしくするな。」 いろいろと話し込んでいるうちに授業も終わりに近付く。 雄一郎は八割程度完成していたが、夏奈子や水琴は半分程度しか進んでいなかった。静観していた玲の方は順調に仕上がっていた。 冴木が大声で生徒達に終了の呼びかけをする。 それを聞いた雄一郎達はその場を立ち上がり、道具を片付けて教室に戻っていくのであった…。 |