| ――キーンコンカーンコーン。 「よおし、放課後だぁ。」 本日の全課程が終了し、帰り支度を終えた水琴は意気揚々と席を立つ。 隣の席の雄一郎は面倒臭そうに鞄に荷物を詰め込んでいる。 「雄一郎君、放課後だよ。部活の見学に行くよ。」 「ああーそうだったなあー。」 投げやりな態度で雄一郎は答える。昼休みの約束を水琴はしっかりと覚えていた。 「ねえ、一緒に行くって約束したでしょー。行こうよぉ。」 「ああ、せっかくの放課後が……。」 「せっかくの放課後だから学校のことを見ておくのー。早くー。」 水琴はのんびり支度をしている雄一郎を急かす。やっとのことで用意を終えた雄一郎はゆっくりと席を立つ。 「って、用意はできたのはいいけど、雛森達がいねえじゃねえか。」 「夏奈子ちゃん達は先に行ってるって昼休みに言ってたの。場所はもうわかってるから私達だけで行くんだよ。」 「ふーん。」 「それじゃあ行くよ。」 次々に教室を出ていく生徒達に続き、水琴達も歩いていく。 教室を出て、いつもは通る事のない左の方へと進んでいく。 隣のA組の生徒達も、部活や帰宅のためにぞろぞろと教室から出ていくのが見える。 「そういえば、継美とかも行くなんて言ってたけど、やっぱ来ないのか?」 「継美ちゃんは後から行くって休み時間に言ってたよ。葵君は、なんにも聞いてないけど……。」 「あいつは……夢遊病だろうな。」 そう言って、水琴達は二人の存在を忘れていきながら体育館に向かっていった……。 一階の廊下を正面玄関とは反対方向に進んで校舎を抜け、コンクリートの渡り廊下を数十メートル進んだところに。体育館はある。 体育館の方に向いて左側には物置小屋があり、その裏には校庭が広がっている。反対に右側はいわゆる校舎裏で、砂利の地面が広がり、体育館裏や職員の駐車場につながっている。 そこから見える正面の先には部活をしている生徒のための自転車置き場がある以外、人の気配を感じさせる事がない。 雄一郎と水琴は、渡り廊下をまっすぐに進み、開けっ放しになっている体育館の入り口へと入っていく。 体育館の中では、幾つかの運動部がその準備を進めていた。 入ってすぐ前半分はバスケット部がボールを倉庫からコートに持ってきており、奥の左半分では卓球部が台を並べている。 また、正面の奥にはステージがあり、そこにも卓球部と思われる生徒が数人見られた。 奥の右半分では夏奈子や玲、数名の男子生徒が立ち話をしているようだった。 「まだ始まっていないみたいだね。」 「こうやってみるとここもあんまし広くないんだな。」 「あ、夏奈子ちゃんたち来てるよ。行こ。」 二人はバスケット部の邪魔にならないように壁際に沿って歩いていく。 バスケット部のスペースを通り過ぎたところで話をしていた夏奈子達が気付いた。 「あ、水琴ちゃん。藤崎君も一緒なんだ。」 「うん。せっかくだから学校のことをよく知ってもらおうってね。」 「あは、藤崎君も転校生に言われちゃあねえ。」 「うるせ。これにはちゃんとした事情があるんだよ。」 楽しそうに話を始める夏奈子や水琴とは反対に、面倒臭そうに答える雄一郎。 また、先程まで夏奈子と話をしていた玲や男子生徒達も再び口を開く。 「なあ、彼女がB組に来た転校生だよな?」 「うん、そうだよ。」 「なんでこんなところに来たんだろうな。」 「さあ、雛森あたりが誘ったんじゃね?」 「おい、お前ら。」 二人の男子生徒の会話を玲が打ち切る。 「余計なこと言ってないでさっさと準備しろ。」 「……はいはい。わかったよ。」 「始めりゃいいんでしょ、魔王様。」 「……。」 二人の男子は転校生を尻目に、奥の壁に面している控え室へと入っていく。それを確認した玲は夏奈子に話しかける。 「それじゃあ、こっちはもう始めるから。」 「うん、わたしは今日も委員会の仕事があるから……。」 「気にするな。いつもの事だから。」 「水琴ちゃんたちは見てるだけだから、いつも通りでいいから。」 「わかった。」 そうして、玲は一人でその場を離れる。その矛盾したような行動が雄一郎は気になった。 「これから始めるって言うヤツがなんでいなくなるんだ?」 「え?だって着替えなきゃできないでしょ?」 「って、着替えなきゃ何ができないってんだ?」 「あれ?雄一郎君知らなかったの?ここは剣道部だよ。」 「何?」 始めて聞く単語に雄一郎は呆気に取られる。昼休みから一度もまともに話を聞いていなかった雄一郎は、見学する部活がなんなのかさえわかったいなかったのだ。 「もしかして雄一郎君、知らなかったの?」 「当たり前だ。俺が知ってるわけないだろ。」 「藤崎君、三年も同じクラスにいて知らなかったんだ……。」 「誰がどの部に入ってるかなんて全く興味がないからな。剣道部があること自体はじめて知った。」 「そこまではっきり言われると、逆にすごいって思っちゃうね…。」 「なんかわたし、急にむなしくなってきちゃった…。」 「あーあ、雄一郎君夏奈子ちゃんのこといじめたぁ。」 「知るかっての。俺なんかにわかってもらえなくても気にすることねーだろーが。」 夏奈子が大きな溜め息をつく。水琴は雄一郎をたしなめるが、本人は気にしていない。 「まあいいや。私ももう行かなくちゃ。」 「委員会のお仕事?」 「うん。学級新聞のね。」 「放課後も忙しいんだね。」 「でももう慣れっこだから。じゃあね。藤崎君はちゃんと見学して覚えておくんだよ。」 雄一郎に言い残し、夏奈子は駆け足でその場を去っていった。 雄一郎は壁際に移動して鞄を置き、壁にもたれかかるように座る。 それを見た水琴も、雄一郎の隣に鞄を置いて座る。 「見学ってもなぁ。ボケッと見てるしかねえっつーの。」 「でも、みんなが毎日どんな練習してるのかがわかるよ。」 「わかんなくてもいいっつーの。どうせ三年は引退するんだろ。」 「だからこそ見ておくんだよ。何にも知らないままで終わるよりはいいじゃない。」 雄一郎と水琴が話していると、先程控え室に入っていった二人の男子生徒が剣道着に身を包み、防具と竹刀を持って出てくる。 「よし、やるか。」 「おう。」 二人は防具を壁際に放り投げ、スペースの中央に移動し、対峙する。お互いに竹刀を構え、その切っ先をお互いの股間に向ける。 「いざ!」 「勝負!」 互いに竹刀を突き出し、牽制しあう。相手の竹刀を弾き、つけ入る隙をうかがう。 緊迫した空気が、二人の周囲に流れる。 「へえ、剣道ってああやって戦うんだぁ。」 「顔とか腹に当たんないようにいろいろと防具をつけるわけか…。」 「…そんなわけないだろう。」 感心していた雄一郎と水琴の前を、玲がツッコミながら通り過ぎる。剣道着をまとい、防具と竹刀を持っている。 ――バシッ!バシッ! 「おうっ!」 「ぬおあっ!」 玲が二人の男子の背中に竹刀を叩き込む。二人は仰け反りながら足元をふらつかせている。 「なにすんだよ魔王。」 「お前らがアホなことやってるからだ。」 「中にいる奴等がまだ来てないだろーが。」 「もうとっくに出てきてるだろ。お前らが遊んでるからだ。」 玲の言うとおり、二人が戦っている間に何人もの男子生徒が控え室から出てきており、控え室からすぐそばの壁際で準備を済ませていたところであった。 二人の男子はぶつぶつと文句を言いながら残りの男子達の下へ移動する。 「っていうか、思いっきりぶつことねえだろうに……。」 「俺達が最初に出てきたのによ……。」 「……。」 無表情のまま玲も移動する。そして防具を着け始めるのであった。 「……魔王ってあだ名か。随分だな。」 「玲ちゃんって、部活になると真剣なんだねぇ。」 「俺はずっと帰宅部かと思ってたけどな。」 「一年生の時からずっとやってたみたいだよ。」 「ふん、まあどっちでもいいけどな。」 そうして話しているうちに、部員達の準備が終わる。 剣道部のスペースいっぱいに、雄一郎達から見て横二列に並ぶ。 そして部員の号令に合わせ竹刀を構える。 「左右面の切り返し、はじめっ!」 号令と共に、片方の列が一斉に相手にかかっていく。もう片方の列は相手の攻撃をひたすら受けていく。 こうして、剣道部の練習が始まったのであった……。 打ち込んでいく練習が何度も繰り返され、今日の部活にも一区切り付きそうな気配になった頃、聞き慣れた声が聞こえてきた。 「おーい、元気に見学してるぅ?」 継美である。体育館の四隅の壁際にある鉄製引き戸を開け、ひょっこりと顔を出してきた。 「お、ちゃんといるねご両人。」 辺りを見回し、雄一郎と水琴が座っているのを確認した継美は中に入り、こちらの方へとやってきた。 「随分遅れての登場だな。先生にでも絞られてきたのか?」 「あんたと一緒にしないでよ。万年居残りが。」 継美はそう言いながら鞄を床に置き、水琴の隣に座る。 「継美ちゃんも委員会のお仕事とかあったの?」 「あたしがそんなめんどくさい仕事するわけないでしょ。」 「え、じゃあ部活か何か?」 「それもなし。昼休みも言ったけど、そんな暇でもないのよ。」 「だったら、なんでこんなに遅くなったんだよ?」 「そうそう、ちょっと聞いてよ。」 継美の表情が少し険しくなる。 「なんかあったのか?」 「うーん、実は変なヤツに会っちゃったのよ。」 「変な…人?」 継美の言葉を聞き、昨日の一件を思い出す雄一郎と水琴。 それを知らない継美は、特に気にすることもなくそのいきさつについて話し始めるのであった……。 |