| 継美の予定が狂ったのは、昼一番の授業の終わりの時であった。 「授業が終わってすぐに先生が言ってきたの。放課後にあたしに会いに来るお客さんがいるそうだから。時間空けとけって。」 「お前あてにお客なんて珍しいな。ってゆーか、わざわざ学校に来るのかよ?」 「そこはあたしも気になってたんだけどね。でも、しょうがないから水琴に先行っててって言っておいたのよ。」 「ふうん、そういう用事だったんだぁ。」 「で、放課後。どこに誰が来るのか聞いてなかったもんだからしょうがなく職員室に行ったわけよ。そしたら、校長室に来てるって言われたからそっちに行ったのよ。」 職員室の隣には校長室があり、そこの間は直接行き来できるようになっている。校長室は、職員室よりも玄関寄りに位置している。 「そしたらいたのよ。変な格好した二人組みが。」 「二人組み?」 「そう。なんて言うか、中世風の映画に出てくる大臣みたいな格好したオッサンと、シスターみたいな服着てるちょっと年上くらいの女が。」 「確かに、ものすごく変な奴らだな。」 「でしょ?違う世界に来ちゃったかと思ったわよ。」 「でも、そんな怪しい人達なのに、よく学校に入れてもらえたよね。」 「そうなのよ。その辺りがものすごくおかしいと思うんだけど、堂々と校長室にある椅子に座ってたのよ。」 あまりにも不可解な出来事に、雄一郎と水琴は呆気に取られたような顔になってしまっていた。 「で、そいつらがあたしの事を見るなり立ち上がって、あなたが伊邪那岐継美ですねって聞いてきたの。」 「継美ちゃんのことを知ってたんだね。」 「そう、ビックリしたよそりゃ。見たこともない変なオッサンからいきなり名前で呼ばれるんだからさ。」 「で、お前はなんか言ったのか?」 「とりあえず、はいそうですけどって言ったらいきなり、あなたは神を信じますか?って言ってきたのよ。」 「アブナイのはカッコだけじゃなかったんだな。」 話している継美の表情が、段々と怪訝なそれに変わっていく。 「ホント、頭おかしいんじゃないのあいつら?神を敬わない者は地獄に堕ちるのですとか語っちゃってさ。あんたは何様だっつーの!」 「でも、ずっと前にそんな事言ってる連中いたよな。」 「うそ、前からいたんだ。」 「いや、学校の周りでそういう宣伝してる奴らはいたけど、あんな変な格好してなかったじゃん。今日のあれはかなりキテるね。」 「うーん、なんだか田舎って怖いところだね……。」 話を聞いているうちに、水琴の表情が少し曇る。こちらに来てからというもの、学校の外では嫌な目にしかあっていないのである。 「でも、なんでまた継美が狙われなくちゃならねえんだ?お前なんか変なことでもしたんじゃねえのか?」 「あたしがするわけないでしょーが!っていうか、あいつら結局自分達が何者なのか言わなかったし。ワケのわかんない宗教話に延々と付き合わされたこっち身にもなってみろっつーの!」 「まあ、それで今までかかってたんだから、迷惑な話だけどよ……・。」 「特にあのオヤジ。ねちっこいたらありゃしない!異教徒がどうとかあたしの家がどうとか……。」 継美は先程たまったうっぷんを晴らすかのように喋り続ける。雄一郎と水琴は気持ち半分に話を聞き続け、部活の様子を淡々と見届けるのであった……。 継美の愚痴が終わりを告げた頃、剣道部の練習も終了の運びとなった。 部員達は防具を脱ぎ、それらをまとめて控え室へと入っていく。玲は再びそこから離れた女子更衣室へと向かう。 事の先が見えない雄一郎達はそのまま座り呆けていた。 「ふう、やっと終わったか…。」 「そうだね。すごかったなぁ。」 「どこが?」 「だって、やあーって声出して相手のことバンバン叩いちゃうんだよ。すごい過激だよねぇ。」 「そうか?」 「こいつにとっては、ひっぱたくなんて日常茶飯事だからね。今さらどうってことないのよ。」 「そういうお前だって人の事言えねーだろーが。」 「あたしのやってるのはツッコミという愛情表現なの。あんたの暴力とは違うのよ。」 「うわぁ、雄一郎君達って過激だったんだねぇ。」 「うるせえ。お前が言うと問題発言にしか聞こえねえから困る。」 そうして話しているうちに、制服に着替えた玲が戻ってくる。 水琴は立ち上がり、近付いてくる玲に向かって労いの言葉をかける。 「玲ちゃんお疲れ様ぁ。」 「ああ、うん。」 「すごかったねぇ。男の子と一緒になってバンバン叩き合うんだもん。」 「……そうかな?」 「あ、玲ちゃんも慣れてるんだもんね。どうってことないのかな?」 「うん、まあ。」 話の糸が掴めない玲は、きょとんとした表情になる。水琴は慌てて取り繕う。 「あ、でも、玲ちゃんすごいよね。女の子一人なのにこんなに頑張ってるんだもん。」 「本当は夏奈子も一緒なんだけど、別の仕事があるから……。」 「そうだね。大変だよねぇ。」 そうして二人が話していると、いつまでも座っている雰囲気ではないと考えた雄一郎と継美は立ち上がり、二人の話に混ざる。 「あれ?でも確か、剣道部は一、二年にも部員っていなかったっけ?」 「今日は用事があって休むって連絡があった。」 「それにしても、女が一人だけってのもおかしくないか?一、二年が全員揃って休むってのはよ。」 「ああ、女子の部員は一、二年にそれぞれ一人ずつだから、全員合わせても四人だから。」 「何?」 「うそぉ?」 それを聞いた水琴と雄一郎は驚きの表情を見せる。継美の方は特にその様子はなかった。 「そっかぁ、剣道やる女の子って少ないんだねぇ。」 「まあ、地味な競技だし。人気もないから。」 「そうなの?」 「それに、野郎達もあんなのばっかりだし。」 玲はそう言って、男子達が着替えている控え室の方に目をやる。 「もうすぐ最後の大会なのに、残念だね。」 「もういいよ。好きでやってるだけだから。」 「ふうん。でも、それってなんかいいよね。」 「そう?」 「そうだよ。」 そう話していると、夏奈子がやってきた。鞄を背負っており、帰る準備ができていることがうかがえる。 「あ、玲ちゃん。もう練習は終わったんだ?」 「うん、夏奈子の方も終わり?」 「うん。わたしはもう帰る準備オッケーだよ。」 「じゃあもう帰ろうか。戸締りはいつもあいつらだし。」 玲は壁際に置いてあった鞄を取りに行く。夏奈子は会話の相手を水琴に変える。 「どうだった水琴ちゃん?ここの部活は。」 「うん、面白かったよ。あのバンバン叩くのが。」 「それならよかった。うちの部活地味だから面白くなかったんじゃないかなって思ってさ。」 「そんなことないよ。私の学校はあんなのやってないし。新鮮だったよ。」 「へえ、都会ってあんまりやらないのかなぁ?」 「うーん、どうなんだろ?」 そう話したところで、鞄を持った玲が戻ってくる。それに気付いた夏奈子が玲に声をかける。 「それじゃあもう帰ろっか?」 「うん。」 「水琴ちゃんたちももう帰るんでしょ?」 「うん、もうやることもないし。ねえ?」 水琴は振り返り、雄一郎と継美に話を振る。 「当然だ。」 「いつまでもいたってしょうがないしね。」 「よし、じゃあ一緒に帰ろう。」 「なんで俺がお前と一緒に帰らなくちゃ……。」 「あんたねえ、女の子が誘ってるんだから、いちいち文句言ってんじゃないよ。景気よく家まで送ってくぜ!くらい言えっつーの。」 「え、家までついてきてくれるの?」 「ちょっと待て。俺はまだなにも……。」 「だから、あんたは大人しく……。」 三人の中で話がこじれ始める。それを見て話がまとまりそうにないと判断した夏奈子は水琴にそっと声をかける。 「それじゃあ、わたしたちは先に行くね。」 「あ、うん。今日はありがと。じゃあねぇ。」 水琴が軽く答えると、夏奈子と玲は体育館の出口へと歩いていった。 雄一郎と継美は、未だに言い合っている。 「つーか、なんで俺がお前にんな事言われなきゃなんねーんだよ。」 「あたしはね、ネクラマンサーのあんたに教養ってものをね……。」 「ねえねえ、夏奈子ちゃん達もう帰っちゃったよ。」 「何?」 「帰った?」 水琴が話しかけると、雄一郎と継美はいがみ合うのをピタリとやめる。 「アホくさ。」 「こんなことやってる暇があったらさっさと帰れって話よね。」 雄一郎と継美は、壁際に置いてあった鞄を手に取ると、そそくさと出口へと向かう。 「もう帰るぞ。」 「もたもたしてると置いてくわよ。」 「あ、ちょっと二人とも待ってよー!」 水琴は慌てて鞄を取り、小走りで二人を追いかけていった……。 結局、三人で帰ることになった。 赤く染められた細長い舗装道路を雄一郎達は歩いている。水琴と継美が並んで歩き、その後ろに雄一郎がついていくという形である。 雄一郎は、水琴と継美の話を聞きながら、その後ろを歩いていた。 「え?それじゃあ前はもっと部員が少なかったんだぁ。」 「だから、剣道部の女子は団体戦なんかできなかったのよ。もう大会がどうのとかいう考えはそこで打ち切られてたってことよ。」 「そっかぁ。でも、そうなってくると意外と気が楽かもね。」 「まあそんなもんでしょ。ってゆーか、そうでもなきゃあんな地味でまとまりのない部活やってないだろうし。」 「継美ちゃん、何気にひどいこと言ってるよぉ。」 「そうは言っても、実際に大会でも全然勝ててないからねあそこは。他の部はいくらか頑張ってるのにさ。」 「ふうん、そうなんだ。」 数ある部活の中で、この学校の剣道部は最もモチベーションの低い部活と言える。他の部が大会進出を目指して活動しているのに対し、この剣道部は最初の大会ですら遊びの延長と化しているのであった。 「うーん、でも、夏奈子ちゃんってああいう部活だから委員会の仕事もできるんだろうね。他の部活だと両立は厳しいんじゃないかなぁ?」 「それはあるんじゃないの?たまに、あの玲が助けたりもしてるしね。」 「へえ、あの二人ってやっぱり仲いいんだ。」 「一年から部活で一緒だったからね。他に話す相手もいなかったんじゃないの?」 「でも、お互いの事をよくわかってる感じがしてていいよね。」 「まあ、あれなら噂の変質者に会ったとしても心配ないかもね。」 継美が何気なく変質者という言葉を口にする。 水琴は、昨日の一件を思い出しそうになるが、無理矢理その考えを振り払う。 「ん?どうかした水琴?」 「ううん、なんでもない。ちょっとボーっとしてただけ。」 「ふうん、まあいいけど。」 水琴は何事もなかったように取り繕う。継美は特に気にしないまま、話を続けた。 「まあ、変質者って言ったって、どうせコートの中が汚いもんの脂ぎった引きこもりみたいな奴が相場みたいだけど……。」 継美の的を射た発言に少し驚く水琴と雄一郎。継美はそのまま続ける。 「ホントにおかしい奴ってのは、普段はいい人なんだけど、実は隠れていろんな事やっちゃってますみたいな人だよね。なんつーか、そのギャップがもう既におかしいみたいな。」 「うーん、それだと普段は普通の人と変わらないから見つけるのも大変だよね。」 「意外とインテリチックな奴が怪しいんだよねぇ。」 継美はニヤリと笑いながらいろいろと思案を巡らせる。 すると、雄一郎がそっと呟いた。 「なんか継美がまともな奴に見える。気持ち悪いな。」 「うっさいわね。あたしはいつもまっとうだっつーの。あんたもあたしを見習いなさいよ。」 「お前の日頃の行いを真似したら、それだけで学校にいられなくなりそうだな。」 「どーゆーことよそれ?」 「さあ、自分で考えるんだな。」 「うーん、どーゆーことなんだろ?」 「あんたはホントに考えなくていーの。」 そうして話しているうちに、三人は大通りを歩いていた。再び田舎道に差し掛かるところの分かれ道で継美が離れる。 「それじゃあ、あたしはこっちだから。」 「あ、そうなんだ。それじゃあ、また明日ね。」 「うん、雄一郎はちゃんと水琴を送ってくんだよ。」 「余計なお世話だ。さっさと帰るんだな。」 「はいはい。そんじゃねー。」 「バイバーイ。」 継美は軽く手を上げて、雄一郎達が進む方向とは正反対の方へと歩いていった。 雄一郎と水琴は継美の後姿を少しの間見届けると、再び帰路に就く。 田舎道に入り、少し進んだところで、塀に囲まれた大きな庭のある家屋敷にたどり着く。そう、水琴の家である。 その入り口で二人は立ち止まる。 「今日は面白いものが見れて良かった。雄一郎君、今日はありかどね。付き合ってくれて。」 「ん、ああ。でも今日みたいな脅迫はもうごめんだからな。」 「へへ、わかってるよ。でも、たまには付き合ってね。」 「暇じゃなかったらな。」 満面の笑みで水琴は礼を言う。素直に礼を言われたことが少ない雄一郎は素っ気無く返してしまう。 水琴がそれを気にした様子はない。喜びの方が勝っているようだった。 「それじゃあ、また明日学校でね。」 「ああ、じゃあな。」 こうして、水琴は庭へと入っていき、雄一郎は自宅を目指して歩き出す。 水琴から始まった、夏奈子や玲との繋がりになにやら不思議な感覚を覚えながら、雄一郎は家に帰っていくのであった……。 |