藤崎流古武術伝




薬物猟奇

/6/








昼を前にした国語の時間。生徒達は大人しく授業を受けていた。

教壇に立っているのは、敦とさほど変わらない年齢の、若い女教師であった。

華上麻菜。二十四歳独身。今年入ってきた国語教師。学生とは一線を隠したその大人の雰囲気と端麗な容姿は、たちまち男子生徒たちの注目の的となった。関東の方からやってきており、都会の雰囲気を漂わせている。そのせいか、田舎者が近寄り難い印象を与えており、静かな授業になる要因のひとつとなっていた。

「……ということで、作者はこの文章で答えがここにあったことを伝えようとしていたわけ。つまりこれは……。」

華上が延々と説明している授業。敦とは違い、事務的な印象を与えている。生徒達も、敦のように次々に質問を浴びせるようなことはしない。

本来であれば、雄一郎はここで眠る体勢に入るのだが、華上の授業ではそれができなかった。

「……という風になるの。わかった?藤崎君。」

華上は雄一郎に限定して声をかけてくるのである。

「まあ、それなりに……。」
「ちゃんとノートに書いておきなさいよ。ええ、次に……。」

華上は説明を続ける。このようなことが国語の時間ではよく起こる。

これにより、雄一郎はゆっくり寝ることができなかった。他の教師達は眠っている雄一郎などお構いなしなのだが、華上だけは違っていた。どうして華上がこんなにも声をかけてくるのか、雄一郎には全く理解できずにいた。

「華上先生って、雄一郎君にたくさん話しかけるね。」

雄一郎だけに聞こえるような小声で水琴が話しかけてくる。同じくらいの声で雄一郎が返す。

「この先生だけだぞまったく。俺に恨みでもあるんじゃねえのか?」
「え?雄一郎君、何かひどい事でもしたの?」
「してねえよ。しようとも思わねえ。」
「うーん。でも、知らない間に傷付けたりとか……。」
「まともに話した事もねえのにどうやったら傷付くのか、こっちが聞きたいくらいだな。」
「うーん……。」

水琴は考え込みながらノートをとる。雄一郎は、授業のことなど全く頭にないまま呆けていた。

「藤崎君。ちゃんと聞いてるの?」
「え?ああ、はいはい。」
「もう、ちゃんと聞いてないと後で後悔するんだからね。」
「……。」

都会人の考えることはわからない。
そんな事を考えながら、雄一郎はノートをとっているふりをするのであった……。



昼休み。雄一郎、水琴の席に継美と葵。いつもの四人での会話が始まっていた。

「雄ちゃんは仕込みってできる?」
「仕込み?なんだそりゃ?」
「コマンド成立の前に方向キーを入れて特別な動きをさせることだよ。」
「意味がわからん。」
「通常攻撃から必殺技に繋ぐ間に、レバーを上に入れるんだよ。それから必殺技を打つと、その後にジャンプできるようになるんだ。」
「それってなんか役に立つのか?」
「それができると連携の幅が広がるんだよ。ジャンプしちゃう必殺技の後にもう一回ジャンプできるから、そこからまた攻撃できるんだよ。後、失敗した時逃げるのにも使えるしね。」

雄一郎と葵が話しているのは、最近流行の格闘ゲーム「ギルティ・ギブ」についてであった。そのゲームのテクニックについて話をしていたのである。

「俺は別にそんなの使わなくても十分できるぞ。」
「まあね。でもなんだかできるとカッコいいじゃん。」
「そうか?俺は別に勝ちゃあいいと思うけどな。」
「あんたはやることが直球なのよ。第一、そんなにテクニカルなキャラも使ってないじゃない。」
「そんなに何人も使い分けてられっか。使うのは強いヤツ一人でいいんだよ。」
「あんたはそんなんだからキャラ別対策が甘いのよ。」

水琴はそんな三人の様子を何気なく眺めていた。その様子に気付いた葵が水琴に声をかける。

「あ、水琴ちゃんは全然わかんない話だったね。ごめんね。」
「別に気にしなくていいよ。私も知ってるから。」
「え?」
「何?」
「知ってるって……仕込みをか?」
「うん。」

雄一郎達三人は呆気に取られていた。名門学校からやってきた優等生がゲームの高等テクニックまであっさり知っていると答えてしまった事に驚きを隠すことができなかったのである。

「お前、格ゲーやったことあんのか?」
「うんあるよ。前の学校でよくやらされてたもん。」
「何!?」
「前の学校って聖晶学園で?」
「うん。課外授業でよくやらされてたよ。先生が教えてくれたもん。」
「マジで?」
「うん、ホント。」

葵は感心したような顔になるが、雄一郎と継美は怪訝な表情に変わる。

「おい、一流学校ってのはゲームまで勉強するのか?」
「んなワケないでしょ。きっと先生が道楽でやらせてたに違いないわよ。」
「確かに、そうとしか考えられねえけどよ。」
「先生が言うには、子供の授業内容なら特別勉強しなくても百点取れるらしいよ。どうせなら他の事覚えるようにだって。」
「こりゃあその先生の道楽だな。」
「うん、間違いないね。」
「そうかなぁ?私は別にどっちでもよかったんだけど……。」
「おい、ホントにその学校大丈夫なのか?」
「うーん、やっぱ一流の考えることはわからんわ……。」

雄一郎と継美は、聖晶学園の教育事情に不信感を募らせるのであった。

「じゃあ今度みんなでゲーセン行こうよ。」
「そうだね。行こう行こう。」

葵は特に気にすることなく水琴に話しかけている。

「ん?」

ふと雄一郎が教室に目をやると、夏奈子が入ってくる様子が目に入る。
いつも一緒にいるはずの玲はいない。表情もどこか翳りがある。

そこで雄一郎と目が合った。

「あ…。」

夏奈子は途端にいつもの調子に戻り、雄一郎達に近付いてきた。

「いつものメンバーに水琴ちゃんが新しく加わっちゃたね。」
「うん、ここにいると退屈しないよ。」
「あは、そうかもしれないね。」
「いつものボディーガードは一緒じゃないんだな。」
「ボディーガードって玲ちゃんのこと?失礼しちゃうなぁ。そんなんじゃないって。」

雄一郎の軽口に、夏奈子は少しむくれた顔をする。

「玲ちゃんは今、親戚の人と会ってるよ。」
「ふーん。」
「黒いスーツを着たおっきな人だったよ。」
「映画に出てくる悪役っぽいわね。」

継美が人聞きの悪い例えをする。雄一郎もそれに乗ってくる。

「アクション映画とかでよく主人公と戦ったりするアレか?」
「やっぱ黒服って要ったらアレでしょ。」
「うー、なんかその人かわいそう。玲ちゃんの親戚なんだから、そんなこと言ったら失礼だよぅ。」
「そうだよ。一応親戚なんだから。いくらこんなところで黒服なんて着てるのがおかしいと思っても一応親戚なんだからそんなこと言ったら失礼だよ。」
「水琴。多分あんたが一番失礼なこと言ってると思う。」
「ああ、そうだな。」
「ええっ?」

水琴は意表を突かれたようで、本気で驚いている。

「つーか、学校に来てまで何の用なんだその親戚は?」
「なんなんだろうね。玲ちゃんもあんまり嬉しそうじゃなかったし。あんまりいい人じゃないのかなぁ?」
「さあな。いい奴の親戚が必ずしもいい奴とは限らないからな。」
「うーん……。」

夏奈子は、そう言って考え込んでしまう。すると、葵がふと呟いた。

「でもその人って何しに玲ちゃんに会いに来たんだろうね?」
「さあ。わたしなんにも聞いてないんだよね。玲ちゃんも話してくれないんだよね。」
「なんかワケありなんじゃねえのか?」
「多分。家のことだろうからわたしもあんまり深く聞けないし。でも、気になるんだよねぇ。」
「本人が言おうとしないんだからどうしようもないわねこりゃ。」
「まあそのうちなるようになるだろ。」
「そうなんだけどさぁ…。」

煮え切らない表情の夏奈子とは反対に、雄一郎と継美は考えるのをあきらめる。

玲の親戚について話し合っているうちに、授業の始まりがすぐそこまでせまっていたのであった……。



帰り道。田んぼに挟まれた長い一本道を歩く。
水琴と夏奈子が話しながら並んで歩き、雄一郎がその後に続いていた。

「でね、その三階の美術室がね……。」
「へえ、そうなんだぁ。」

他愛のない話が続いている。話の内容に全く興味のない雄一郎は、無表情のまま二人の後姿を眺めていた。

「前の学校は美術室にベランダなんてなかったよ。」
「ふーん、それじゃあうちがおかしいのかなぁ?」

チラッ。

「私はあんまり入ったことないんだよね。授業でもあんまり使わないし。」
「ああ、自分で受ける授業を選択するっていうヤツ?」
「うん、そうそう。」

チラッ。

「普段は美術部が使ってて締め切ってるから、私もよくわからないんだよねぇ。」
「そうなんだぁ。ここは反対に結構曖昧なんだよね。先生の机から見て二番目の窓はいっつも鍵が開いてるんだよ。」

チラッ。

「へえ、なんか不思議。誰か開けてるのかな?」
「どうなんだろうねぇ。一階はちゃんと戸締りしてあるらしいんだけど、二階とか三階とかって意外と開いてたりするんだよねぇ。」

チラッ。

「私は前の学校で最後までいたことないから、戸締りの事とかよくわからないや。」
「でも、都会だからそういうのはしっかりしてるんじゃない?ここは田舎だからそんな厳しくなくても大丈夫なんだよ。」

チラッ。


先程から二人の後姿を見ている雄一郎にとって、それは不自然なことでしかなかった。

「雛森。お前さっきから何キョロキョロしてるんだ?」
「え?」

雄一郎は、会話の合間にちらりと周りを目をやる夏奈子の動きが気になって仕方がなかった。

「さっきからチラチラどこ見てんだよ?」
「いや、別にどこ見てるってワケじゃないけど……。」
「玲ちゃんが来るかもしれないって見てたの?」
「ん?ああ、そうそう、それ。玲ちゃん追いついてこないかなーって。」

夏奈子は少し慌てた様子で弁明する。明らかに様子が不自然であったが、雄一郎は気にしていなかった。

「ああ、あの親戚がまた来たんだって?」
「うん。ちょっと長くなるから先に帰っててくれって。わたしが帰るまで待つって言ったら、いいから帰れって。ちょっと気になってたんだよね。」
「そんな話し込むような内容だったのかなぁ?」
「わかんない。ここまで玲ちゃんが教えてくれないことって今までなかったから……。」
「ふーん。そんな秘密にしたい内容なら、俺らに見つかるようには来ないんじゃねえのか?」
「うーん、そうかも……。」

雄一郎の言葉に、夏奈子は曇った表情を見せる。そしてまた、チラリと来た道を見渡していた。


三人はやがて大通りに向かう所の分かれ道にやってくる。
昨日、雄一郎と夏奈子が分かれて帰った場所である。

夏奈子は雄一郎と水琴から少し離れ、狭い田舎道の方に体を向ける。

「それじゃあわたしはこっちだから……。」
「うん。また明日ね。」
「んじゃな。」

そうして夏奈子は歩き出す。そして振り返り、

「ちゃんと水琴ちゃんのこと送ってくんだよー。」
「あーはいはい。わかったよ。」

歩きながら雄一郎に軽口を叩くのであった。

「それじゃあ私達も行こ。ちゃんと送っていってねー。」
「お前まで言うかよ……。」

雄一郎達は歩き出す。夏奈子が通る道とは別の、大通りに向かう道を。

雄一郎が少しして後ろを振り向くと、チラチラと周りを見渡しながら早足で帰っている夏奈子の姿が見えたのであった……。



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