| 水琴と向かい合って食べる二回目の給食。 昨日の一件で転校生に慣れた雄一郎も、昨日のような余所余所しさがなくなり、自然な雰囲気で食事が進んでいた。 「お魚お魚ぁ〜。魚がきた〜きた〜やってきた〜…。」 水琴が上機嫌で皿の上にある鯖の味噌煮をほぐしている。水琴の口ずさむ意味不明な歌に気を取られ、雄一郎は水琴のその様を見ていた。 少しして、ようやく水琴はその視線に気付く。 「ん?雄一郎君、どうしたの?」 「いや、お前の方がどうかしてるだろ。」 「え?どこがぁ?」 「お前のその変な歌だ。」 「え?だってぇ、お魚なんだもぉん。」 水琴はにやけながら答える。答えになっていない答えに、雄一郎は半ば呆れている。 「よーするに魚が好きなんだな。」 「うん!だってお魚なんだもん。」 「ああそうか…。」 雄一郎は関わるのをやめることにした。水琴は恍惚とした表情で鯖の味噌煮を口に運んでいる。雄一郎は水琴と目を合わせないようにして給食を平らげていくのであった。 給食が終わり、それらを片付けて付けていた机を元に戻すと、いつもの昼休みが始まる。 教室に残っているのは、自分の席に着いている雄一郎と近くに立っている葵と継美。それと他の生徒が数名いるだけだった。 「どう、雄ちゃん?水琴ちゃんの隣はもう慣れた?」 「慣れたって言うのかわかんねえな。知らないヤツと話す感じじゃなくなったけどな。」 「雄一郎にしては大した進歩じゃない?いきなり知り合った女の子と普通に喋れるなんて。それとも水琴の性格がいいのかな?」 「あいつの性格はよくわかんねえな。ほんと。」 「あんたにゃ女心なんてわからないだろうからねぇ。」 「いや、そういう次元の問題じゃねえ…。」 三人の話題は、転校生である水琴の話題で持ち切りだった。特に、隣の席である雄一郎にその質問が集中する。しかし、雄一郎自身が水琴をよく理解できないでいた。 「だけどあいつは、一流の学校から来たんだろ?頭いいってコトだよな?とてもそうには見えねえんだけどな。」 「こっちの方で言う頭がいいは、あっちの方じゃ普通以下だからねぇ。雰囲気がそうなっちゃったんでしょ。」 「こっちで百点取っても、あっちに行けば五十点くらいにしかなんねえってコトか?そんなにすごいのか?」 「なんてったって、あの学校は創った人が先生の中でもプロ中のプロで、どんな子供でも立派に育てる方法を作ったらしいからね。どんなに水琴がバカに見えても、ここでトップになる実力くらいあるんじゃないの?」 「継美ちゃん、何気にひどいこと言ってない?」 継美の話を聞いて、雄一郎は、授業中の冴木の言葉を思い出し、次第に納得していく。 「冴木先生もそんな事言ってたな。やっぱり水琴って頭いいのか?」 「あたし達よりはねぇ。そうは見えないけど。」 「それって、水琴ちゃんにとっては、知ってるのが当たり前になってるって事だよね?当たり前になっちゃってるから全然そう見えないだけで。つまりそれって、その当たり前を知らない僕達がバカなだけなんじゃあ…。」 バシッ! 雄一郎と継美の平手が同時に、葵の顔面に叩き込まれる。 葵は仰け反ったまま、顔を手で覆う。 「うぅ、ひどいよ二人とも…。」 「お前が余計なこと言うからだ。」 「葵のクセに生意気なのよ。」 「そんなぁ…。」 三人の会話が一区切りしそうになったところで、数名の女子生徒が教室に入ってくる。水琴、夏奈子、玲の三人だった。 「…で、わたし達毎日やってるんだ。」 「そうなんだぁ。」 「…。」 夏奈子が水琴になにやら説明をしながら三人は入ってくる。 そちらの三人も会話の区切りがついたらしく、水琴は夏奈子と玲から別れて自分の席の方に歩いてくる。そのまま雄一郎達と顔を合わせることになった。 「あ、継美ちゃん。」 「あんた、あの二人とどっか行ってきたの?」 「うん、夏奈子ちゃん達に学校を案内してもらってたんだ。」 答えながら水琴は自分の席に着く。 「昨日の昼休みはずっとここにいたし、放課後はすぐに職員室に行ってたから。」 「まあ、こんな田舎学校でも、来たばっかりじゃわかんないもんね。」 「でも、今日夏奈子ちゃん達にいろいろ教えてもらったから大分わかってきたよ。」 「まあ、一回見ればわかるわな。ここそんなに広くないし。」 「そうだね。どこで何の部活やってるのかもわかっちゃったし。」 継美と水琴のやりとりを、葵は興味深そうに聞いているが、雄一郎は特に興味を示さない。 「部活か。俺は何がどうなってるかなんてとっくに忘れたけどな。」 「三年にもなって忘れたとはねぇ。これだから帰宅部は。」 「そういうお前だって帰宅部だろーが。」 「あたしはあんたみたいに暇じゃないの。」 「僕も夢遊病がなかったやってたんだけどなぁ。」 「なくてもお前は得意なスポーツねえだろ。」 「そう言われればそうだけどさぁ。でも楽しそうじゃない。」 「おめでてぇな。それなら家で大人しくゲームでもしてりゃいいんだよ。」 「だからあんたはネクラマンサーって言われるのよ。」 段々と会話が学校から離れていく。そんな三人を見ていた水琴は、ふと何かを思いついた。 「そうだ!」 「なんだ?」 「雄一郎君も一緒に行こうよ!」 「は?」 水琴の突然の誘いに、雄一郎は呆気に取られる。 「見学だよ見学。放課後、夏奈子ちゃん達の部活を見に行くの。」 「って、それはさっき案内されてた時に出てきた話なのか?」 「うん、どんなふうにやってるのか知りたいって言ったら、夏奈子ちゃんが見せてあげるって言ってくれたの。」 「お前も物好きだな。こんな田舎学校の部活なんか見たってちっとも面白くなんかねえのによ。」 「そうかなぁ?でも、せっかく転校してきたんだし、いろいろ見るのも面白いと思うんだけどなぁ。」 「あんたと違ってこのコは視野が広いのよ。わかる?ネクラマンサー。」 「お前には聞いてねえ。」 水琴の誘いに対し、興味なさそうに雄一郎は答える。しかし、そこで下がる水琴ではなかった。 「ねえ、一緒に行こうよぉ。」 「嫌だね。」 「ねえってばぁ。」 「なんだって俺が一緒に部活を見学しなきゃねえんだ。俺ら三年だぞ?」 「でもぉ、部活のことよくわかんないんでしょ?」 「わからなくたって問題ねえだろーが。」 「あるのー。」 「ねえっつーの。」 粘り強く水琴は食い下がる。しかし興味のない雄一郎は素っ気無く切り返す。 「あの事バラすから…。」 「なに…!」 拗ねた表情で水琴はつぶやく。雄一郎自身驚くが、それ以上に葵と継美がそれに敏感に反応した。 「え?雄ちゃん、あの事って何?」 「あんたもしかして、水琴に…。」 「なにもしてねえよ。水琴になんだってんだよ。」 「へえ、何もしてないんだぁ?ねえ水琴。実際のところどうなの?」 継美が薄ら笑いを浮かべ、興味深そうに水琴に近付いて問いかける。すると水琴は、少しうつむきながら悲しげな表情で語りだす。 「実はね…。」 「うんうん。」 「昨日、雄一郎君がね…。」 「うん。」 「学校の帰り、私の事…。」 「だあああぁっ!」 大声を上げて会話を遮断する雄一郎。突然の大声に、水琴と継美はびっくりしながら耳を塞ぐ。 「うっさいわねあんた!」 「うるせえのはお前だ!」 「雄一郎君、そんな大きな声出さないでよ…。」 「お前のせいだお前の!大体なんだ。いかにも俺にひどい事されたみたいな雰囲気で喋りやがって!まるで俺が悪者みてえじゃねえか!」 「だってぇ…。」 「ひどい事じゃないって言うのなら、どんな事をしたのか聞いてあげようじゃないの、ゆ・う・い・ち・ろ・う・君。」 「それは…お前らは知らなくてもいいんだよ。」 「へえ、そうやってあたし達を仲間外れにするんですかいチミは。ちょっとそれはひどいんじゃない?ねえ、水琴。」 「うーん、そう言われればそうかも…。」 「お前はもう喋るな!」 今度は継美が雄一郎に食い下がってくる。そんな中でも、水琴は話を続けようとする。 「ったく、お前の目的はなんなんだ。」 「部活。一緒に…。」 「結局それか。俺は嫌だと何回…。」 「昨日、私が一人で帰ってたら、雄一郎君が私の事…。」 「なんだその事実を捻じ曲げたような言い回しは!」 「部活…。」 「わかったわかった!一緒に行けばいいんだろ!わかったからもう黙ってろ!」 「やったぁ!」 つい勢いで雄一郎は承諾してしまう。水琴は両手を上げて歓声を上げ、先程までの話を忘れてしまう。 「で、結局なんだったのさ?」 「わーい、放課後部活だぁ!」 「もう忘れろ。何言っても無駄だ。」 「雄ちゃん、そこまでしてごまかしたいんだ…。」 「うるせえ。もう終わったことだ。…はぁ。」 雄一郎は大きなため息をつく。水琴は大喜びだが、継美と葵は煮え切らない表情だった。両者とも口を開きそうにないと悟った継美は、これ以上聞き出すのを諦める。 「だったら、あたしも見に行こうかな?」 「何?」 「え?継美ちゃんも一緒に行くの?」 「あんたら二人が一緒だとなんか面白そうだしね。つまんない部活も少しは面白くなるかもしれないし。」 「じゃあ僕も行くー。」 「いいのか?そんなに大勢で。」 「いいんじゃないかなぁ?見るだけなら。邪魔にならなければ多分大丈夫でしょ?」 「あんた、なに転校生に大丈夫かなんて聞いてんのよ…。」 「あは。それじゃあ、この水琴ちゃんにどーんと任せなさい。」 「いや、お前にだけは任せたくない。」 「ぶー。雄一郎君ひどーい。」 昼休みの残り時間も差し迫り、徐々に生徒達が教室に戻ってくる。 次第に騒がしくなってきた教室を、違うクラスの継美と葵は出ていくことにする。 「んじゃあ、あたしはそろそろ行くよ。」 「そうだね。僕も行かなくちゃ。」 「うん。じゃあ、放課後にね。」 「雄一郎。あんたは逃げるんじゃないよ。」 「逃げられるなら是非そうしたいもんだな。」 そうして、継美と葵は教室を出ていく。 生徒達がほぼ全員席に着き、授業の準備をしている。 「んふふー。放課後楽しみだなぁ。」 「ふぅ…。」 面倒臭そうに溜め息をつく雄一郎とは反対に、水琴は心底嬉しそうに授業の準備をしているのであった…。 |