藤崎流古武術伝




薬物猟奇

/5/








昼を間近に控えた敦の授業は、とりとめのないものであった。

「で、ヨーロッパの方にはキリスト教が多くて、東アジアの方は仏教が多いんだ。」
「先生は何教なんですかぁ?」
「ん、俺はだなあ、別にこだわってないんだけどなあ、家では葬式に坊さん呼ぶから仏教だろうなぁ。」
「なんで家ごとに決まってるんですかぁ?」
「それはやっぱご先祖様によりけりだろう。」
「じゃあ、キリスト教の人は先祖がキリスト教なんですか?」
「まあ、ザビエルがキリスト教を布教してからそうなった家もあるんじゃないか?」
「でも江戸時代は禁止されてましたよ。」
「隠れキリシタンもいたからな。それに今は宗教自由だし、日本の国自体がもうこだわってないからな。いきなり宗教を変える人もいる。」
「でも、キリスト教の葬式ってここらへんでやってるんですか?」
「それはどうだろうなぁ?」

生徒達が次々に敦に質問を投げかけ、授業が脱線していく。生徒達に親しみがあるのはいいことだと敦は思っているが、授業が進まないのは悩みの種でもあった。

「うーん、どうなんだろう?」

生徒達が次々に投げかける質問に対して、水琴はひとつひとつ真剣になって考え込んでいた。授業が脱線していることも忘れている。

「ねえ、どうなんだろうねえ?。」

そう言って水琴は、隣の席で机にへばりついている雄一郎に話を振る。
いつもは眠っている雄一郎も、敦の授業のように騒がしい時は寝ることすらできず、だらけきっていたのだ。

「そんなの俺がわかるわけねえだろ。宗教なんて知らねーよ。」
「私も。宗教の話って学校で全然しないんだもん。」
「別に知らなくても困んねえけど。」
「やっぱり日本って宗教が自由だから特定の宗教を授業でやるっていうのがないのかも。」
「ああそうだろうな。そうしとけ。」
「でもそれだとわかんないままなんだよねぇ。」

水琴は煮え切らない様子だった。考えるのも面倒な雄一郎は、適当な回答でやり過ごすことしかしなかった。

「それじゃあ、なんで浄土宗とか真言宗とかあるんですか?」
「十字架のお墓なんて見たことないですよ。」
「つーか二股とかってなしなんですか?」
「そう言えば儒教なんてありましたよね?」

話題はさらに支離滅裂となる。敦自身もよくわからず答えているうちに、授業の終わりへと近付いていくのであった……。



昼休み。雄一郎、水琴の席に継美と葵がやってきて、いつも通りの会話が始まっていた。

「しかし、今のオタクには女子大生で年増とか言い出すヤツがいるからすごいわよ。」
「うーん、僕から見ても女子大生とかはちょっと憧れだけどなぁ。」
「まあ、小学生とかギャル系の女から見れば二十代でもオバサンだって話はよく聞くけど、大の男がそれだもんねえ。」
「でも、そんなに年の離れた小さいコのどこがいいんだろ?」
「そこがオタクのこだわりなんじゃない。まだ汚れていない未発達の体に興奮してハァハァとか言ってるのよきっと。」
「私はそういう大人の人ダメだなぁ。」
「いやそれ以前に社会的にダメだろ。」

四人の話の始まりは、最近噂になっている変質者についてだった。
それが、ただの批判にとどまらず、変質者そのものを考える話題へと変わっていったのであった。

「でも、そういう人ってこの辺にいるのかなぁ?」
「いや、今の時代マニアに都会も田舎もないからねぇ。古びた田舎の一軒家でも中を覗いてみればグッズの山とか平気であるでしょ。」
「うーん、それじゃあ普通に探しても中々見つからないね。」
「知らない家の中なんてそうそう見れるもんじゃないしね。ひどいのになると外にすら出てないかもしれないじゃん。」
「そっかぁ、それじゃあ中々捕まらないよね。」
「そもそも変態ってだけじゃあ捕まらないからね。全裸を見せびらかすとか誘拐するとか何かしら悪いことしてなきゃダメだからね。」

水琴は、先日の変質者のその後がどうなったかを気にする。
継美達は話を続ける。

「でもまあ、今噂になってるヤツは誘拐してるんだろ?だったら見つければ捕まえられんじゃねえのか?」
「ホントに誘拐してるヤツが出てくればね。誘拐してるっていう証拠がないと無理だからね。」
「めんどくせえな。捕まえるのも。」

雄一郎も、先日の変質者を思い出す。誘拐などをしていた証拠が見つからない以上、あの変質者も捕まらないのではないかと考えていたのだ。

「でも、誘拐された女の子ってどんなコだったんだろ?」

葵がふと話を切り出す。

「うーん、確か小柄で可愛らしい感じだったんじゃない?」
「そんな風にニュースでやってたんだっけ?」
「確かそうだったと思う。まあ、オタクの趣味を考えると、そんな感じの女が狙われそうじゃん。」
「そっかぁ。それじゃあ、ここで狙われるのもそんな感じのコかもしれないね。」
「まあ、そう考えていいだろうね。オタクがそう何度も人さらいをするとも思えないけど。」

継美がそう言うと、葵はうーんと唸って考え込む。

「どうかしたの?」
「いやあ、ここでそんな感じのコって言ったら誰だろうって思って。」
「まあ、小さい女の子なんていくらでもいるからね。」
「そうなんだけどねぇ。」
「いや待った。あたしらの年代って昔と比べると発育がいいから、ちょっと大人びてきちゃうんだよね。そう考えると、ある程度絞れてくるかな?」
「え、継美ちゃんは誰だと思うの?」

継美は少しの間考えを巡らせる。

「やっぱちっちゃくてアレなのだから、幼いに越したことはないんだけど、性格が暗い人って雰囲気的にダメだろうね。そう考えた上であたしらの知ってる人って言えば……。」
「言えば?」

継美はここで間を置く。水琴は自分のことを言われるのではないかと内心冷や冷やしている。

その時、夏奈子と玲が一緒に教室に入ってきたのを継美は見つける。

「あれ。」
「え?」
「なに?」

継美が言葉の意味がわからず、水琴と葵は継美の視線の先を目で追いかける。

「夏奈子ちゃんと玲ちゃんだけど…。」
「もしかして…。」
「夏奈子だね。」

その言葉を聞き、二人は呆然となる。継美の先程までの言葉を思い出しながら、ぼんやりと夏奈子を眺めていた。

「へえ…。」
「ふーん…。」
「ん?何?みんなでこっち見て。どうかした?」

三人の視線に夏奈子が気付き、声をかけてくる。夏奈子は興味ありげにこちらに近付いてきた。

「え、いや、なんというかね…。」
「何かあったの?」
「こいつがお前のことを変質者が好きそうだって言ったんだよ。」
「え?」
「!」

継美が口を濁しているところに雄一郎が口を挟む。これには夏奈子はもちろんのこと、継美も驚いてしまう。

「あんた何誤解するようなこと言ってんのよ!」
「だってそうだろ?変質者が誘拐するとしたら誰を狙うだろうって話してたんだから。」
「ええー!それでわたしが選ばれたの?」
「まあ、あくまであたしの勝手な予想だけどね。あんま気にしない方がいいよ。」
「言い出した本人に言われてもなぁ。」
「あんたは黙ってなさい!」
「うーん、そうなのかなぁ…。」

夏奈子は、決め付けられて怒るよりも、納得したような、落ち込んだような表情をしている。

「夏奈子、あんまり気にしないでよ。テキトーに言っただけだから。」
「うん…。まあ…。」
「ね、今の話はナシ。もう忘れて。」
「わかった…。」

複雑な表情のまま夏奈子は背を向ける。
玲の方に歩いていくその姿は、いつもの夏奈子には見られないような複雑な雰囲気であった。

「夏奈子ちゃん、どうしちゃったのかな?」
「なんか変だったな。もしかして、納得してたのか?」
「えぇ?それはどうだろうねぇ。」

水琴と雄一郎は様子のおかしい夏奈子を不自然に思い、口にする。

「あーあ、継美ちゃんがあんなこと言うから…。」
「はぁ…。って、よくよく考えたらあんたが話を振ってきたんでしょーが!」

ビシッ!
「いたっ!」

継美は葵の顔面に平手打ちを素早く決める。

「ひどいよ継美ちゃん。」
「あんたが悪い。なにもかも。」

こうして、昼休みは終わりを迎えるのであった……。



放課後。雄一郎はいつものように居残りをさせられていた。
書き終えたノートを森藤に見せ、職員室から出てすぐの廊下でそれを鞄にしまっていた。

「あのヅラババア、俺に毎日こんなミミズみたいな文字を書かせて何が面白いんだ?」

しゃがんだまま悪態をつきながら、鞄の口を閉める。鞄を背負いながら立ち上がると体育館の方から歩いてくる一人の女子生徒と目が合った。

「あ、藤崎君。」

夏奈子だった。雄一郎と目が合うなりテクテクと足取りを軽くして近付いてくる。

「今日も居残り?」
「まあな。あいつの陰謀だ。」
「はは、ちゃんと宿題やってくればそうならないのに。」

夏奈子がいたずらっぽくたしなめてくる。返しようのない雄一郎は玄関の方へと歩き出す。夏奈子もそれに続く。

「それはそうと、いつも一緒の氷川はどうした?部活だったんじゃないのか?」
「うーん、玲ちゃんなんだか用事があるみたいで先に帰っちゃったんだよね。だから今日はわたし一人だったんだ。」
「まあ、そういう日もあるよな。」
「最近はちょっと多いかな?親戚の人が来てるみたいなんだって。」
「ふうん。」

二人は正面玄関まで来る。下足に履き替え校門を出ても、夏奈子は雄一郎と同じ道を歩いていた。

「あー、でもよかった。」
「?」

長く続く一本道を歩いていると、夏奈子は不意に呟く。

「何がよかったんだ?」
「一緒に帰る人ができて。」
「は?一人で帰るのが嫌なのかよ。」
「だって、最近変質者が出るって噂じゃない?しかも遅くなっちゃったし。女子は特に二人以上で下校するようにって言われてるよ。」
「ああ、そうか……。」

雄一郎は、先日水琴にも同じようなことで注意したことを思い出す。

「それでお前らはいつも一緒に帰るようにしてるのか。」
「まあ、それよりもずっと前から一緒に帰ってるけどね。わたしは委員会の仕事で遅くなるけど、玲ちゃんも部活だから帰る時間は大体一緒なんだ。」
「うまくできてるんだな。」
「へへ、まあね。」

夏奈子は小さく笑みを浮かべる。そして、すぐさま思い出したように話を続ける。

「でも、変質者が怖いって言うのもホントかな?」
「怖いのか?」
「そりゃあ怖いでしょ。だって誘拐しちゃうんだよ?さらわれたりしたら嫌に決まってるよ。」
「確かに迷惑だけどな。」
「それに、昼休みもわたしが狙われるみたいなこと言ってたじゃない?」

夏奈子はいたずらっぽく笑いながら言ってくる。

「あれは継美の戯れ言だ。忘れちまえ。」
「えー、でも、忘れて油断もしてられないよぉ。前にさらわれた女の子だって小さめの体つきだったんだから。」
「そういえばそんな話だったな。」
「わたし、そういうのに全然免疫ないから誰かついていてもらわないとダメなんだよねぇ。だから玲ちゃんなんかすごく頼りになるよ。」
「まあ、部活でも男相手にあの調子だったからな。あいつなら大丈夫そうだ。」
「んん?それってなんか玲ちゃんに失礼じゃない?」

雄一郎の言葉に、夏奈子は引っ掛かりを覚える。

「お前がそう言ってきたんだろーが。」
「でも、どうせならわたしも玲ちゃんもまとめて俺が守ってやる!くらい言ってみてよー。」
「俺にそんな気力はねえよ。」
「もう、だらしないなぁ。」
「だらしなくて結構。他にいい男はたくさんいるしな。それにどうせなら、ストーカーにでもつけられるようになってから言うんだな。」
「……。」

夏奈子が沈黙する。言葉を返してこないことが気になった雄一郎は改めて夏奈子の顔を見る。

その表情は、驚きと戸惑いが混じったような、複雑なものであった。

「どうかしたのか?」

雄一郎がそう尋ねると、夏奈子は我に返り、慌てて取り繕う。

「あ、ううん、なんでもない。」
「そうか。もしかして本当に狙われてるのかと思ったぞ。」
「そんなぁ。わたしみたいなのつけまわす人なんていないよぉ。」
「いやわかんねえぞ。噂の変質者だって……。」

そこまで言いかけて雄一郎は言葉を止める。自分で忘れろと言った話をわざわざ蒸し返すことになるからである。

「…あ。」

夏奈子が声を漏らず。
二人は話をしているうちに分かれ道に差し掛かっていた。片方は雄一郎の帰り道でもある、大通りへ続く道。もう片方は道幅の狭くなった田舎道路であった。

「藤崎君は大通りの方に出るんだっけ?」
「ああ。雛森は?」
「わたしはこっち。」

そう言って夏奈子は狭い道路を指差す。

「それじゃあここでお別れだね。」
「だな。」
「じゃあ、また明日ね。気をつけて帰るんだよ。」
「それはこっちのセリフだ。じゃあな。」

雄一郎はそう言い捨てて歩き出す。夏奈子もそれを見て狭い道路へと進んでいくのであった。


夏奈子の沈黙。雄一郎はその時の夏奈子の表情が不自然に感じられて仕方なかった。しかしそんな憂いも、家での遊びに思いを馳せていくうちに頭から離れていくのであった……。



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