藤崎流古武術伝
薬物猟奇
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| 「今日はこれを使ってやってみよう。」 塀で囲まれ、砂利の敷き詰められた庭。その一軒家の前で聖斗と雄一郎が対峙している。 聖斗が持ち出してきたのは、どこにでもあるような普通のサッカーボールであった。 「今からサッカーでもするのか?」 聖斗の意図が掴めない雄一郎はつまらなそうに尋ねる。 「いやいや。君だってスポーツは苦手だろ?それにサッカーじゃ君の能力は調べられないよ。」 「それじゃあどうするんだよ?」 「まあ、サッカーより簡単なことさ。」 そう言って、聖斗は両手に持っていたサッカーボールを自分の頭の上に載せる。そして、ボールから手を離すと、それは聖斗の頭上から動くことはなかった 「?」 「君はどんな方法を使ってもいいからこのボールを僕の頭から引き離してご覧。一応、君の能力を見るのが目的だからそれを使ってくれるとありがたいんだけどね。」 「んなこと言ったって、少しでも動いたらそのボール落っこっちまうだろーが。」 「そう、思うかい?」 聖斗はそう言うとツカツカと雄一郎の方へ歩み寄ってくる。だが、ボールは少しも揺らぐことはなく聖斗の頭上にピタリと載せられたままであった。 雄一郎の視線は、その動かないボールに釘付けになっていた。 「随分と器用なマネするんだな。」 「君の能力ほどじゃないけどね。まあ、これでわかったもらえたかな?」 「ああ、じゃあ早速やるぞ。」 言うより早く、雄一郎は右手をすぐそばまで近付いていた聖斗に向かって突き出す。しかし聖斗は左足を後ろに引き、体の向きを変えることでその手をかわす。 「僕のバランスを崩せばボールが落ちると思ったのかい?でも不意打ちにしてはちょっと速さが足りなかったね。」 「ふん。」 今度は左手を振る。聖斗は右足を大きく後ろに引いてそれをかわす。ボールは微動だにしていない。 「ちっ。」 舌打ちをしながら雄一郎は飛びかかる。聖斗は寸でのところでかわし、後方に飛び退く。 二人の距離は三メートルほどに離れる。 「何も遠慮することないんだよ。全力で来てくれないとこっちもやる意味がないんだからね。」 「ああわかったよ。後悔してもしらねえからな。」 雄一郎は意識を集中する。体中が熱くなっていく。狙いを聖斗に定め、身構える。 「行くぞ。」 「うん、おいで。」 雄一郎は駆け出す。先程までとは格段に違う速度で一気に距離を詰める。その勢いに乗り、聖斗の頭部めがけて右手を突き出す。 聖斗はそれを紙一重でかわし、またも後ろに飛び退く。 右手が空を切った状態の雄一郎はその状態から再び聖斗めがけて飛びかかる。飛び退く聖斗を追いかけるようにかかっていく。 一度足を地につけた聖斗は、今度は雄一郎の方に飛びかかり、身をよじりながら雄一郎の突進をかわす。 両者はすれ違うように飛んでいき、再びお互いの距離が離れる。 そこで二人は一旦動くのをやめる。聖斗のボールは、またも頭上から動いてはいなかった。 「どういうバランスしてやがんだ…。」 「こう見えても、結構練習してたんだよ。」 「サーカスだってそんなコトできる奴なんていねーよ。」 「それは君だってそうだよ。水琴の言ってたすごい動きっていうのがわかったよ。」 「俺のがすごいって言うなら、テメエの親父はバケモノだな。」 「失礼だなあ。僕はごく普通の一般人だよ見た目通りのね。」 雄一郎は姿勢を低くして聖斗の方へと駆け寄っていく。聖斗は雄一郎が来るのを待っている。 聖斗の足元めがけて体ごと突進していく雄一郎。その姿勢はとても低く聖斗の腰の高さほどもなかった。 聖斗は、その雄一郎の突進を前方に跳び上がる事でかわす。 その瞬間、雄一郎はくるりと後方に向きを変え、聖斗めがけて一気に跳び上がる。その速度は通常の域を超え、聖斗の背中へと一気に距離を詰める。 完全に後ろを取ったと思ったのもほんの一瞬。突然聖斗の右腕が雄一郎の方へと伸びてくる。勢いがつきすぎて体勢を変えることのできない雄一郎はその右腕を見ることしかできなかった。聖斗の右手は雄一郎の右肩を掴み、そのまま雄一郎を引き寄せる。その勢いで聖斗は雄一郎の後ろに回り、そのまま距離を離していく。雄一郎は体勢を崩したまま飛んでいき、聖斗との距離が離れていく。 結果、何事もなかったように着地した聖斗と、片膝をついて着地した雄一郎がいた。 そして、聖斗の頭上のサッカーボールは、動いていなかった。 「あれは反則だろ…。」 雄一郎は膝についた砂利を手で払いながら立ち上がる。 「うーん、大体こんなところかなぁ?」 聖斗はそう言って頭を少し傾け、ボールを落とす。落ちるボールを右手で受け止めると脇に抱えた。 「勝手に終わらせやがって。何がこんなところだ。」 「どうやら君は本当に空気を操っているようだね。自分の体の周りだけだけど。」 「は?俺はそんな器用なことをやった覚えはねえぞ。」 「君は無意識のうちにやっているだけなんだよ。だから、自分の動きを加速することにしか使えてないんだ。」 「どういう事だ?」 「本当なら君はもっといろんな事ができるはずなんだよ。自分を動かすために空気も一緒に動かしているということは、自分が動かなくても空気を動かせると考えてもいい。」 「余計にわからなくなってきたぞ。」 雄一郎は聖斗の話が理解できず眉をひそめる。 「実際にやってみた方がいいかもね。」 「何をだ?」 「実際に空気を動かしてみるんだよ。全身の空気を動かせたんだ。体の一部ならもっと簡単だろう。」 「たから何をどうするんだよ?」 「試しに、左手の周りにある空気を右手まで動かしてごらん。僕自身ができないからなんとも言えないけど、意識を集中すればできると思う。」 「ホントに勝手なヤツだな…。」 そう言いながら、雄一郎は意識を集中する。両腕をだらんとたらして、足を肩幅まで開く。左手にある空気が右手に移動していくイメージを作る。 ――スウゥゥゥゥ。 雄一郎だけがやっと聞こえるほどの小さな音が響く。すると、右手の周りが急に重たく感じるようになる。 「なんだか右手が少し重たくなってきたぞ。」 「どうやら本当にできたようだね。それなら今度は、全身の空気を右手に集中するようにやってみるんだ。」 雄一郎はさらに集中する。右手に空気が集まるイメージを描く。 すると、先程よりもさらに右手が重みを増す。 「すごい重みだな。石でも握ってるような気分だぜ。」 「多分、今の君の右手は一つの鈍器みたいになってるんだろうね。」 「でも、全身の空気を右手に持ってきたのに少しも息苦しくないぞ。」 「そりゃあ、少しばかりの空気が移動したって、またその周りの空気が流れ込んでくるんだから当然さ。でも、今以上には空気は動かせないみたいだね。」 「ああ、やろうとしてもダメだな。もう少しでなんとかなりそうな気がするんだけどな。」 「まあそれは徐々に慣れていってからだろうね。もういいよ。右手の力を抜いても。いつまでもやってたら重いだろうからね。」 雄一郎は意識の集中を解き、右手の力を抜く。すると、右手の周りの空気が一気に弾け、太ももに軽い衝撃を受ける。 「なんだこりゃ?力を抜いた途端、右手の周りの空気が爆発したみたいだったぞ。」 「多分、右手の周りの空気は密集していてすごい気圧だったんだろう。君が密集させるのをやめたから、空気は気圧の低い周りに一気に流れたんだよ。その流れの勢いが激しいから爆発したようになるのさ。」 「なんだかめんどくせぇ仕組みだな。」 「まあ難しく考えることないよ。集めた空気は爆発させられるって感じに覚えておけばいいからさ。」 「随分物騒なんだな。空気も。」 雄一郎は釈然としない表情で右手を見つめる。 「でも、これでいろいろとわかったよ。君は本当に空気を操れることがわかったんだし、特殊な家系についても調べがつきそうだよ。」 「特殊な家系ねぇ…。」 「もしかすると、藤崎っていう姓が関係あるのかもしれないね。どんな歴史があるのかなんて見当つかないけどさ。」 「藤崎なんて苗字は探せばいくらでも出てくるだろ?世の中そんな変人ばっかりだったらとっくに有名になってるだろーが。」 「同じ苗字だからといって同じ家系とは限らないよ。苗字なんて明治時代からはとってつけたようなものだしね。」 「また難しい話を…。」 聖斗は勉強に近い話になると急に拒絶する雄一郎の様を見て。微笑を浮かべる。 「勉強はそんなにつまんないものでもないよ。いろんな事がわかってくるといろんな楽しみが増えるからねえ。」 「そんなこと言っても、授業が退屈なコトには変わりねえ。」 「まあそれは先生が悪いだけなんだけど、あんまり言っても仕方がないからやめておこう。」 「あ、いたいた。ご飯できたよー。」 聞きなれた声が聞こえる。水琴がリビングの窓から顔を出して呼びかけてきた。 「どうやらお昼御飯ができたらしいね。」 「そうだな。って、元々俺はこのために来たんだったな。」 「今行くよー。」 聖斗が水琴の声に応える。そして、雄一郎にも声をかける。 「外で運動したからお腹も減ったろう?それにちょっと汚れたからきちんと手も洗わないとね。」 「あんたは汚れてもいなけりゃ疲れてもいねーだろ。」 「まあ、最初から汚れるつもりでやってたわけじゃないってだけさ。細かい事は忘れてご飯にしようじゃないか。水琴の作ったご飯はおいしいぞ。」 「人前でよくそういう自慢話ができるな。」 雄一郎はそう言いながら水琴の方を見る。水琴は、活き活きとした表情でこちらを見ている。これから始まる食事を心底楽しみにしている様子が見て取れる。 雄一郎と聖斗が玄関に向かって歩き出したのを確認した水琴は、窓から離れて部屋の中へと姿を消していく。配膳の準備に向かったのである。 食事は広々とした空間だった。豪華なダイニングとキッチンの両方を兼ね備えており、少し離れたところにはリクライニング式のソファーと大型ワイドテレビが置かれている。 手を洗ってテーブルに着いた雄一郎が見た料理は、家庭的でありながらも料理店に負けないほどの豪華さを誇っていた。 ただ、雄一郎はどうしても気になる点がひとつだけあった。 「どうして魚の料理ばっかりなんだ?」 「だって私お魚大好きなんだもん。」 向かいに座っている水琴がさらりと答える。 「今日は水琴が中心に作ったからね。まあ味は保障するよ。それとも、魚は嫌いだったかい?」 「いや、そうじゃないんだけど…。」 聖斗の言うとおり、料理の味は絶品だった。生物、焼き物、揚げ物など、どれを取っても料理店に負けないほどであった。 ただ、水琴の言う「大好き」からこのような料理が出てくることが、雄一郎にとって不思議でならなかったのであった。 「なんだかなぁ……。」 |