藤崎流古武術伝




薬物猟奇

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月が差し込む薄暗がりの部屋。本棚、学習机、ベッド、そして鏡台が壁際に並んだ、年頃の女性の部屋。

ベッドの布団に包まりながら、夏奈子は恐怖に打ち震えていた。


ベッド脇の窓から見える景色の向こう。闇の中に浮かぶ車の影。
その形はこちらから確認できないほどに離れた距離。

朝方や昼間には見ることがなく、夜にだけ現れるその影は、数週間より前から続いていた。

始めのうちは気にしていなかった夏奈子も、段々とその影に怯えるようになっていた。

朝の登校、放課後の活動、夕方の下校。うっすらと感じる視線。段々とその視線はねっとりとまとわりつくように感じていく。

そしてその視線は、窓の向こうに見える車の影からも感じるようになってくる。

いつしか夏奈子は、そのまとわりつくような視線に怯えるようになっていた。

「なに?いったいなんなの……!」

その正体は夏奈子にもわからない。
正体がわからないから誰にも相談できない。親友の玲にさえも。

はっきりとしない物事を話さないその性格が、自分をさらに追い込む形となってしまっていた。

恐怖に打ち震える夏奈子の夜は、先が見えないまま更けていくのであった……。





水琴の家から帰ってきた雄一郎は、自分の家の食卓で、出来合いのおかずが並べられた質素な食事を取っていた。

十凪邸の豪華たっだ食事と自宅のそれを頭の中で比較しながら、つまらなそうにテレビを見ていた。

夕方の時刻、テレビではニュース番組が放送されていた。
地元のローカル放送局で近隣のニュースを取り上げている。


――以前逃亡を続けている少女誘拐犯の捜査は未だに難航し、手がかりが掴めない状況に――


放送されていたのは、最近噂の誘拐犯についてだった。犯人を捕まえるどころか、手がかりすら見つからない状況にあるとの放送だった。


――さらわれたのは、いずれも未成年の女子学生であり、彼女らに接点がない事から、変質者の嗜好による――


雄一郎は、先日撃退した変質者を思い出していた。
あの変質者の様子を見れば、ニュースの内容も理解できた。

ただ、今でも捕まっていないというニュースが、気になっていた。
そう、きちんと捕まえて連れて行ったはずだったのである。

連れて行った本人には確認を取っていなかったが。

あれは、噂の事件の犯人ではなかったのか?
雄一郎は食事を終えると、テレビはそのままに自分の部屋へと向かっていった……。


――また、一部では組織的犯行ではないかという見方もあるとの事ですが、証拠となる物件が出てこないことから、そちらの線での捜査は見合わせているとの事です――






翌日。雄一郎のクラスは美術の授業を受けていた。
先日のスケッチの続きで、正面玄関近くの石碑を写していた。

雄一郎が真ん中に座り、その両脇に水琴と夏奈子が座る。玲はその三人の後方で座っていた。

雄一郎はほとんどの作業を終えており、余った時間を潰すため、画用紙の上で鉛筆を適当に走らせていた。

「雄一郎君はどこまで進んだの?」
「もう終わりだ。後はテキトーに手ぇ動かしてりゃいいんだよ。」
「いいなぁ、私達が来る前からずっと描いてたもんねぇ。」
「さっさと決めねえお前らが悪いんだよ。」
「だってぇ、何を描くかすっごく迷ってたんだもん。」
「こんな面白みのねえトコ、どこ描いたって同じだっつーの。」
「えー。みんないいトコだらけだよぉ。いろいろ目移りしちゃうもん。」
「それはお前が都会育ちだからだろ。」

水琴は、しきりに雄一郎に話しかけながらも作業を進めていく。

「でも、学校の中だけだと、描くものが大体決まっちゃうから、みんなと一緒になっちゃうんだよねぇ。」
「とか言って外に出てったら、お前はとんでもないトコまで行っちまうだろーが。」
「そんな事ないよー。ちゃんとその辺で決めるよー。」
「お前が言うとどうしても信用できねえんだよ。」
「ああ、ひっどーい。」
「おーい、ちゃんとやってるかー?」

間延びした田舎臭い声が聞こえてくる。敦が話しかけながら歩み寄ってきた。

「はーい。ちゃんとやってまーす。」
「雄ちゃんは真面目にやってんのか?」
「もう終わりだよ。それより、なんで先生がここにいるんだよ?」
「もう、雄一郎君ったら。冴木先生が出張でいないから敦先生が代わりに見てるんだよ。聞いてなかった?」
「いや。」
「まあ、雄ちゃんはいつもの事だからな。」
「悪かったな。いつもの事で。」

そうして話していると、先程から大人しくしている夏奈子に敦が気付く。

「あれ?カナちゃんどうした?具合でも悪いのか?」
「え?ああ…。」

うつむいていた顔を敦のほうに向ける夏奈子。その表情は非常に疲れ切っており、目元にはクマができていた。

「大丈夫か?顔色すごく悪いぞ。」
「すいません。なんだか調子が出なくて……。」
「その調子じゃ無理もないぞ。保健室で休んだらどうだ?」
「いえ、そこまでしなくても大丈夫ですよ。ちょっと元気が出ないくらいですから……。」
「そうは言ってもなあ……。」

敦が考えあぐねていると、玲がやってきて夏奈子の隣にしゃがみ込む。

「朝来るだけでやっとだったんだから無理するな。先生も言ってるんだし、大人しく保健室で休むんだ。」
「玲ちゃん……。」
「ほら、一緒についていくから。」
「うん、わかった。」

玲に言われて納得する夏奈子。玲は夏奈子に肩を貸して立ち上がらせる。

「それじゃあ、ちょっと行ってきます。」
「おう、頼んだぞ。」
「行くぞ。」
「うん。」

敦に断りを入れてから玲と夏奈子は歩き出す。そして、すぐそこにある正面玄関から校舎に入っていくのであった。

その姿を見ていた水琴は、心配そうな表情で雄一郎に話しかける。

「夏奈子ちゃん、大丈夫かなぁ?」
「ただの寝不足かなんかじゃねえのか?寝てればなんとかなるだろ。」
「そうかなぁ?」
「そんなに心配なら後で見に行けばいいだろ。」
「うん、そうだね。」

雄一郎の言葉に、水琴はとりあえず納得する。

「まあ、後は保健の先生に見てもらうから大丈夫だろ。とりあえず君達は続きをやっちまいなさい。」
「はーい。」
「俺はもう終わりだけどな。」

敦は二人に言い残して立ち去る。
雄一郎と水琴はなにやら話をしながらスケッチを続けるのであった。



――保健室。

玲に送り届けられ、備え付けの白いベッドに寝かされた夏奈子。
布団を肩までかけ、ぼんやりと部屋の入口を見ている。
そうしているうちに、ゆっくりとまどろみの中に入っていく。

――ガラガラ。

入口の引き戸が開き、何者かが入ってくる。
遠くなる意識の中で、夏奈子はその人物を眺めながら呟いていた……。

「あれ……なんで……ここに……。」


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