藤崎流古武術伝
薬物猟奇
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| 夏奈子はいなかった。保健室から姿を消してから、誰もその行方を知ることはなかった。 玲達三人は夏奈子の母親に要らぬ心配をかけまいとすぐさまその場を離れていた。 来た道を戻り、田畑に挟まれた小道を力なく歩く。 「夏奈子…。」 「家にも戻ってきてないなんておかしいよ。一体どこに行っちゃったんだろう…。」 「あいつはホントに早退なのか?誰が送ってったんだよ。」 「わかんない。敦先生は早退したって聞いただけみたいだし。」 「じゃあ、誰がどうしたかってのはわかんねえだろーが。」 「うん、私もその時は特に気にしてなかったんだけど、やっぱりおかしいよね…。」 そう言って水琴は考え込む。玲の方は俯きながら落ち着きのない表情を浮かべている。 「どこに行ったんだ…。」 「玲ちゃん…。」 「こんな事は今までなかったんだ。私じゃなくたって、先生か誰かには必ず連絡するヤツなんだ。それがないってコトは、誰かが無理矢理連れて行ったに決まってるんだ…!」 少しの間、沈黙がその場を包む。 玲の様子を見兼ねた水琴は、諭すように玲に話しかける。 「とりあえず待とう。明日になればわかるかもしれないからさ。」 「でも、夏奈子にもしもの事があったら…。」 「それこそ私達にはどうにもできないよ。そういうのは大人の人に任せるしかないし。それに、私達が騒いで夏奈子ちゃんがなんでもなかったら、私達が夏奈子ちゃんに迷惑かけることになっちゃうでしょ?」 「でも…。」 玲は言葉を詰まらせる。水琴は言葉を続ける。 「もし、明日になって、それでも帰ってこなかったら先生達に言お?その時は本当に大変な時だからさ。」 「だからって、このまま黙ってるなんて…。」 「ちょっとだけ我慢しようよ。もし誰かが連れて行ったとしたら、今探し回っても絶対に見つからないよ。」 「…わかった。」 玲は納得のいかない面持ちのまま、水琴たちに背を向ける。 そして、自分の家に帰るため、団地の方へと足を進めていくのであった。 水琴はそれを確認すると、自らも自宅の方向へと歩いていく。 「さ、私達も行こう。」 「ああ、俺は帰って遊ぶだけだ。」 そうして、二人は元の帰路に就くために歩き出す。 水琴が神妙になっているせいか、二人の会話は弾まぬまま、水琴の家まで辿り着いた。 「それじゃあ、また明日ね。」 「ああじゃあな。」 軽く挨拶を交わし、雄一郎がその場を離れようとすると、不意に水琴が呼び止める。 「ねえ、雄一郎君。」 「ん、なんだ?」 「夏奈子ちゃん、どこに行ったと思う?」 水琴の唐突な質問。雄一郎は特に考えるわけでもなく答える。 「さあな。ま、噂の変質者って事はねえんじゃねえのか?」 「……本当にそう思う?」 「……?」 意外な言葉であった。そう言った水琴の表情は真剣そのものだった。 その顔を見て、雄一郎は一瞬言葉をなくす。 だが、水琴はすぐにいつもの表情に戻り笑ってごまかした。 「ああ、ウソ。気にしないで。また明日学校でね。」 「おい、水琴…。」 「じゃあねー!」 雄一郎の言葉を待たずして、水琴は玄関の方へと走っていく。 水琴の言葉の意味がわからぬまま途方に暮れた雄一郎は、考えるのをやめて大人しく帰ることにする。 「わかんねえヤツだな。まあ、俺は帰って遊ぶだけだ。」 そうして歩き出した雄一郎は、帰ってからの事を考える。 そして、今日の昼休みにあった出来事を思い出す。 「あ…。」 雄一郎はあることに気が付いた。本来鞄の中に入っていなければいけないものを、学校に忘れたことに気が付いた。 「葵に借りたソフトを忘れちまった。あのまま置いといたら見つかるかもしれねーしな。没収されたらあいつがうるせえしな……。」 机の中に入ったままの、葵から借りたゲームソフト。明日まで待つことにより没収される可能性があるのと、夜の予定が崩れるということから、雄一郎は学校に戻ることにした。 雄一郎は振り返り、目的地を自宅から学校に切り換えた……。 空が真っ赤に染まり日は沈みかけている。 もはや帰り道を歩く生徒の姿はない。部活に精を出す生徒達の声は聞こえない。風が草花を揺らす音と、遠くに聞こえる車の音だけが学校の周りを包んでいた。 そんな学校に向かって雄一郎は黙々と歩く。夕方に登校する学生の姿はひどく滑稽だが、それを見る人影もない。 校庭の脇道を歩き、先の左手にある校門を目指す。 校門まで後数十メートルというところで、雄一郎は見慣れない人影を見つけた。 身の丈二メートルもあろうかという長身を真っ黒なスーツで身を包んだ大柄な男。ボリュームのある髪をオールバックで固め、乱れのない身だしなみを強調している。彫りの深い顔作りと鋭い目つきは、明らかにこの土地柄にそぐわないものであった。 いるだけで周りを威圧してしまうような雰囲気を漂わせた男は、校門の前に立ち、その校舎を見上げている。 そんな男はお構いなしに、雄一郎は校門へと近付いていった。 男と雄一郎の距離が数メートルまでに近付く。 すると、男の視線が校舎から雄一郎に移る。 そして、男と雄一郎の目が合う。 黒服の大柄な男。氷川の親戚もこんなヤツだって言ってたな…。 雄一郎はそんな事を思いながら男の脇を通り過ぎて校門を通り過ぎようとする。 「藤崎の血を引く者。か…。」 「!」 雄一郎は立ち止まり、男の方へ振り返る。男の方はずっと雄一郎の事を見据えている。 「誰だてめえ。」 「……。」 雄一郎の体に緊張が走る。目の前の男は、自分の名前を知っている。その上、自らの血筋についても知っているかのような言葉を発したのだ。 「こんな小僧が、あの古武術の使い手とはな…。」 「だから何の話だクソオヤジ。てめえは何者だ?」 雄一郎は身構える。男の口から出てくる不可解な言葉と、体全体から伝わる威圧感。必然的に雄一郎の警戒心は高まる。 「貴様のような輩に名乗る道理はない。」 「てめえの名前なんてどうでもいいんだよ。なんなんだその藤崎の血ってのは?何が古武術なんだ?」 「それこそ私にとってはどうでもいい事だ。貴様のようなヤツが我が障害になる事は万に一つもない事がわかった。」 「なんだとてめえ?」 男は振り返り、雄一郎が来た方向と逆の方に向かって歩き出す。 「逃げる気かてめえ…。」 ――ギラリ。 男の鋭い眼光が雄一郎を突き刺す。追いかけようとした雄一郎の足はピタリと止まってしまう。 「私が用があるのはただ一人。貴様ではない。」 「…何?」 「邪魔はしない事だな。…そう、死にたくなかったらな。」 そう言って男は再び歩き出す。雄一郎は追うのをやめた。男の姿が見えなくなるまで雄一郎はその場を動かなかった。 「なんだったんだ、あいつは…。」 雄一郎は体の緊張が解けぬまま、校舎に入ろうと正面玄関に向かう。 しかし、玄関は鍵が掛けられてしまい、開ける事ができなくなっていた。 「もう誰もいないってコトか…。」 実際、生徒の姿は全く見られない。いつもなら校庭で部活に励んでいる生徒達もすっかり帰ってしまい、人気を完全になくしていた。 「しょうがねえ。先生達ならまだいるか?」 雄一郎は、正面玄関とは向かいの位置にある職員玄関に向かう。 ガラス張りの二枚の開き戸をガチャガチャと押し引きするが、開くことはない。 「ったく、開いてると思わせてこれかよ。駐車場に車なんか置いてるんじゃねーよ。」 そう言いながら、校舎裏に止まっているRV車を口惜しそうに見る。 その後、どこからか入れないものかと校舎を一回りするが、どこの入口もしっかりと鍵が閉まっていた。 「しゃあねえな。あいつのゲームは明日にするか…。」 完全にあきらめた雄一郎は、トボトボと校門を出る。 いつもの帰り道を歩いていると、夕焼けの空に闇が忍び寄る様が描かれる。夜が始まろうとしていた。 いつもの大通りから田舎道に入る。そして、いつの間にか水琴の家の前を通り過ぎようとしていた。 「やべ、別にあいつはいねえんだからこっちじゃなくてよかったんだ。」 いつものクセで雄一郎は水琴の家を通る道を歩いていた。 「まあ、ここまで来たんだからそのまま行くか…。」 雄一郎は思い直し、再び歩き出す。 すると、遠くから声が聞こえてきた。 「ゆーいちろーくーん!」 聞きなれた声。雄一郎は足を止め声のした方に振り返る。水琴の家からである。人の姿はない。 しかし、少し経つと、十凪邸の玄関から人影が駆け足で近付いてくる。 …水琴であった。 「なんだお前?」 「雄一郎君、帰ったんじゃなかったの?」 「あ、葵に借りたゲームを取りに学校に行ったんだよ。」 「え?学校?」 「ああ、結局入れなかったけどな。」 雄一郎のその言葉を聞いた水琴は、切羽詰った表情で雄一郎に切り出した。 「ねえ、もう一回学校行こ!」 雄一郎はその言葉の意味が全く理解できなかった…。 |