藤崎流古武術伝




薬物猟奇

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歩み寄ってきた変質者の様子は、先日のそれとは明らかに違っていた。

以前のような活気の失われた姿勢、血色の失われた肌、やつれたかのような肉付き、そして灰色に濁った瞳孔。

まるで、生きていない人間のようであった。
その様子は、雄一郎と水琴に、先日とはまた別の不信感を与える。

「どうしてこの人がここに!?」
「知るか。でもなんでだ?」
「だから聞いてるんでしょ!」
「あ…あ…。」

変質者は、最初に目に入った雄一郎の方へとゆっくり歩いてくる。

「おい、なんでてめえがここにいるんだよ?」
「あ、あ、あ…!」

雄一郎の声を聞いた変質者は喘ぎ声を上げながら小走りに雄一郎に近付いていく。両手を差し出しながら雄一郎に掴みかかる。

―ドサッ。

変質者は地面に突っ伏す。変質者の突進を、雄一郎はすんでのところでかわしたのだ。

「なんなんだ?」

雄一郎は脇で倒れている変質者の様子をうかがう。突っ伏したままの変質者は、起き上がるわけでもなく、何かを口にするわけでもなかった。

「雄一郎君、その人なんかおかしいよ!」
「まあ、おかしいから変質者なんだろ。」
「えっと、そうじゃなくて……。」

水琴の声を聞くと、変質者の首が動く。そして、今度は水琴の方へと目線が向けられる。

「ひっ!」

変質者のうつろな視線をまともに見てしまった水琴は声を上げて驚く。

「あ…あああ…!」

水琴と目を合わせた変質者は、先程以上に喘ぎ声を上げ、手をついてゆっくりと起き上がる。そして、花壇の向こうにいる水琴におぼつかない足取りで近付いていく。

「いや……来ないで!」

迫り来る変質者から逃れるため、水琴は校舎の窓に沿って正面玄関の方へ走っていく。
変質者はその方向に合わせて花壇の上を歩いていく。

「めんどくせぇな…。」

水琴の様子を見かねた雄一郎は、花壇の上を歩く変質者に向かって走り出す。

そして、変質者の右後方から上腕に飛び蹴りを入れる。

―ドォン!

変質者は勢い良く校舎の壁に叩きつけられる。そのまま、傾れかかるように倒れてしまう。

その音を聞いた水琴は足を止め、振り返って変質者を見る。
雄一郎はそのまま動かない変質者のところへ近付く。

「こんな時でも襲い掛かろうってんだからよっぽどな変質者だな。」
「でも、さっきは助けてとか言ってなかった?」
「だからってわざわざ飛び掛ってくるか?ま、どうでもいいけど。」
「でも、どうしてかな?助けを求めるならもっと別な場所があるのに。」
「さあな。元々その辺にいたんだろ。」
「え?それって、もしかして……。」

そうして話していると、変質者が小さく呟く。雄一郎と水琴はその声に耳を傾ける。

「…なんで…僕だけ…。」

その声はとても力のないものだった。ただ、うわ言のように変質者は続ける。

「…あの時…あいつが…いなければ…。」
「あいつ?俺らのコトか?」
「…こんな…ひどい…ことには…。」
「何かされたのかな?」

変質者は、ここにはいない誰かについて愚痴をこぼす。しかし、それも長くは続かなかった。

「僕は…何も…してないのに……うっ…ゲボォッ!」

変質者が激しい呻き声を上げる。すると、変質者の周りが赤い液体で染まっていく。

「ち、血っ…!」
「俺か?俺のせいか?」

激しい吐血の後、変質者はピクリとも動かなくなってしまった。

二人は少しの間、その場に立ち尽くしてしまう。
水琴は変質者を見ていられなくなり、目を逸らす。

水琴の様子を見た雄一郎が口を開く。

「こんだけ血を吐いて動かなくなったんだ。最悪、死んでるな。」
「…う、うん。でも、なんでこんな風になっちゃったんだろ?」
「俺がやったと思うか?」
「ううん、だって、さっき見た時でなんかおかしかったもん。顔色も悪かったし。なんかの病気にかかったみたいだったよ。」
「だよな。いくらなんでも飛び蹴りで血を吐くワケねーよな。」

雄一郎は、とりあえず自分のせいではないと自分に納得させる。
そんな雄一郎の事を気にせずに水琴は話を続ける。

「そういえば雄一郎君、元々その辺にいたんだろうって言ったよね。」
「ああ、それがどうした?」
「それって、意外に当たってるような気がするんだ。だって、警察とかだったら学校になんか来れないし、ここから離れたところだったら、まず自分の家に帰るでしょ?」
「だからそれがどうした。」
「つまり、この人はさっきまでこの辺にいたんじゃないかって思うの。」
「この辺って、学校くらいしかねえだろ。」
「うん、だから、この人は学校にいたんだよきっと。」

ここまで来てようやく雄一郎は話の内容を理解する。
変質者は学校にいた。つまり、水琴の推理はわずかながらにも当たっていたという事になる。

「ってコトはだ、こいつは学校から出てきたってコトか?」
「多分そうだと思う。ちょっと正面玄関まで行ってみようよ。」

水琴と雄一郎は花壇を渡って砂利道に出る。そこから正面玄関に向かって歩き出す。


二人は正面玄関の前に立ち尽くす。
先程確認した時にはしっかりと閉まっていた入口が、今では完全に開かれていた。そう、中から思い切り開けたかのように。

「…開いてるな。」
「うん、さっきは閉まってたのにね。」
「さっきのアイツが開けたのか?」
「多分。だって、そうでもないとあの人がわざわざあっちに行った理由がわかんないもん。」
「でも、なんでアイツがこの中に入れるんだよ?」
「だから、『入った』んじゃなくて『入れられた』んだと思う。あの人だってわざわざ自分から学校に入ってきたりしないでしょ?」
「ってコトは、誰か連れてきたヤツがいるってコトか?」
「うん。多分、その人が夏奈子ちゃんを連れ出した犯人だと思う。」

犯人という言葉を聞いて、雄一郎は改めてこれが事件だと認識する。
水琴の表情にも緊張が見られる。

「でもなんで雛森がここにいるって思うんだ。他に遠くの場所に連れてかれたかもしれねえだろ?」
「うん、そうかもしれない。」
「って、お前もテキトーだな。」
「でも、周りの人に見つからないようにするのは大変だと思うんだ。」
「は?」
「だって、この辺ってあんまり家も多くない田舎でしょ?それに、昼間は誰かしら外を歩いてるし、夜は逆に誰も歩かない。だから、外を歩けば誰かしらに見られてるって事になるでしょ。」
「夜は普通誰も歩かないから、歩いたヤツがいれば一発でわかるっていうコトか?」
「それに、この辺の人は車でもどこの誰だか一発でわかるし、逆に知らない人だったらそれで一発でわかるから怪しまれる。この辺りの外を歩いていれば、絶対見つかると思うんだ。」

水琴は端的に地域の特徴を話す。人口が少なく、住民の繋がりの強い田舎では、どこの誰が何をやってもすぐに広まってしまうという習性を見抜いていた。

「つまり、遠くに誘拐しようとしたら必ず誰かが見つけてるはずだってか?で、誰にも見つかってないからこの近くにいると思ったワケだ。」
「うん、この辺の人達が中まで見れないのは学校くらいだから。」
「よくわかんねぇけど、それなりに考えてるみてえだな。」
「まあ、私の中でもあんまりまとまってないんだけどね。」

そう言って水琴は苦笑いを浮かべる。雄一郎は今の話を思い返して理解しようとしていた。

「とにかく、校舎の中に入ってみようよ。」
「だな。教室にゲームも取りに行かきゃなんねーし。」
「もう、こんな非常時に何言ってるのぉ!」
「わかってるって。雛森もしっかり捜せばいいんだろ。」
「じゃなくて、夏奈子ちゃんをしっかり捜すの!」
「わかったわかった。それじゃあ入るぞ。」

水琴の言葉を待たずして雄一郎は正面玄関へと入っていく。

「あ、ちょっと待ってよー。」

水琴は慌てて雄一郎についていく。

二人はいつもの登校のように上履きに履き替え、廊下へと足を踏み入れる。職員玄関を通り過ぎ、保健室と階段の間で立ち止まる。

「面倒臭えから二手に分かれるぞ。お前は真っ直ぐ進んで一階から。俺は階段を上って三階から捜す。」
「ええっ!それは危ないよぉ。二人一緒に行こうよぉ。」

雄一郎のいきなりの提案を、水琴はビックリしながら否定する。

「誰も犯人を捕まえろって言ってるわけじゃねーんだ。それっぽいヤツを見つけたら俺とか警察に連絡すればいいだろ。」
「で、でも…。」
「それに、二人いっぺんに捕まったら連絡のしようがねえだろーが。お前は、とりあえずやばかったら大声上げればいいんだよ。」
「うーん…。」

水琴はどうも納得できない。理論よりも恐怖がそうさせていた。

「雛森を捜すんだろ?だったらぼやぼやしてないでとっとと行け。最初はそこの保健室からだ。それ行け。」
「うう…わかったよう…。」

雄一郎は、猫でも追い払うかのように手をひらつかせる。
水琴は渋い顔をしながらガラガラと保健室の引き戸を開ける。

「それじゃあ俺は行くからな。しっかり捜せよ言いだしっぺ。」
「なんか扱いがひどいよぅ…。」

水琴が保健室の中に入っていくのを確認した雄一郎は、その向かいにある階段を上り始める。

雄一郎が最初に目指したのは、三階にある自分の教室であった……。

「とりあえず、ゲームを先に確保しておくか……。」


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