藤崎流古武術伝
薬物猟奇
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| 世間一般の休日。太陽が南に昇ろうとしている頃、雄一郎は水琴の家の玄関まで来ていた。 「でっけえ家だな…。」 木柱と屋根瓦で形作られた大きな正門から、象牙色の壁に瓦の屋根がかぶされた塀が、一・五メートルほどの高さで一反はあろうかという敷地を囲んでいる。灰色の砂利で埋め尽くされた広い庭を数十メートル進んだ先には暗褐色の壁が良く映える三階建ての一軒家が見える。片田舎には到底不釣合いな、立派な屋敷であった。 水琴を送って何度か見ている雄一郎も、この時ばかりはこの屋敷の豪華さには圧倒されていた。フリーサイズの黒Tシャツと色褪せたジーパンという格好の雄一郎は、どう考えても場違いでしかなかった。 「やっぱいいトコ出のヤツは、その親もそれなりに金持ちってことか?」 雄一郎は、門の木柱についているインターホンのボタンを押す。 ピンポーン。 押してから数秒たった後、いつもの朗らかな声が聞こえてくる。 「はーい。あ、雄一郎君だぁ。いらっしゃーい。」 「おう、来てやったぞ。」 「うん、それじゃあまっすぐ進んで玄関から来てね。」 「ああ。」 水琴に言われたとおり、雄一郎は門をくぐり真っ直ぐ進み、正面に見える一軒家の玄関を目指す。高級そうな木製のドアが、後数メートルというところまで近付いてきたところで開く。 「はーいこんにちは。私の家にようこそぉ。」 水琴がそう言いながら家の中からドアを開けてきた。薄手のセーターにロングスカート、そしてキャラクターがプリントされたエプロンを着ているその姿は、学生服とは違い家庭的な印象を与えていた。 「しかしお前の家は豪勢だな。近所の噂になってんじゃねーのか?」 「うーん、よくわかんないや。まあとにかく入って。」 ドアを大きく開き、水琴は雄一郎を招き入れる。雄一郎は家の中に入り、周りをさらりと見渡す。外の造りとは対照的に、全体的に洋風をイメージしたような印象を感じる。 そんなことを考えているうちに、雄一郎は水琴の案内によってリビングへと案内される。 その空間も、テレビのコマーシャルに出てきそうなインテリ風な部屋作りで、大きく幅の広いソファーとガラステーブル、そして壁には平面液晶テレビが掛けられている。部屋の隅にある戸棚には、洋風の食器やティーセットが陳列されているが、使われている感じが薄く、装飾用として置いているようであった。 雄一郎がその部屋に入ると、見たことのある人物がそこにいた。 数日前、水琴と一緒に学校に来ていた中年風の男性であった。 「じゃあ、ここで待っててね。もう少ししたら用意するからね。」 「ん?ああ…。」 水琴は、雄一郎を部屋に入れるなりどこかへと歩いていく。リビングにはその男性と雄一郎の二人だけになってしまった。ドアを閉められてしまった雄一郎はその男性の方へと視線を移す。男性はすでに雄一郎を見ていた。 「君が水琴の言っていた藤崎君だね?まあ、こっちに来て座って待っていようじゃないか。」 「あ、ああ…。」 座りながら雄一郎を見ていた男性は立ち上がり、雄一郎にソファーに座るように言ってくる。雄一郎はろくな返事もせずにソファーに近付き、きごちなく腰を下ろす。 雄一郎が座ったのを見てその男性も腰を下ろす。雄一郎はその男性をテーブルを挟んで正面から見ることになった。 短めに切り落とされた髪型。中年のわりに端整な顔立ち。スラリとした体型に着せられた紳士用のYシャツに高級感漂うスラックス。中年とはとても思えないような出で立ちである。パッと見た感じでは二十代後半と間違えられてもおかしくないくらいである。だが、ただ単に若いだけではなく中年ならではの年季を醸し出しており、いかにもいいトコ出を想像させられてしまっていた。 「自己紹介がまだだったね。僕は水琴の父の十凪聖斗。娘が世話になってるようだね。礼を言うよ。」 「別に、俺は何も…。」 自分は場違いなのではないかと半ば錯覚していた雄一郎は、歯切れの悪い応対をしてしまう。 「そうかい?まあ、うちの水琴が君の事を楽しそうに話すものだから、どんな好青年なのかと思ってね。」 「そんな大したもんじゃねえよ…。」 「まあ、水琴の目から見ればっていうことだね。僕から見ても、君みたいな子供は中々いないと思うよ。」 「親子揃って人の事を…。」 雄一郎の答え方はボソボソとしたものであったが、それなりに会話は続いていた。聖斗の落ち着いた雰囲気は、雄一郎の緊張も少しずつ軽くしていったのである。 「だけど君はすごいねぇ。大人一人を倒しちゃうなんてさぁ。」 「!!」 雄一郎は言葉を失った。大人を倒したことと言えば、先日水琴を追いかけていた変質者を撃退したことしか思い浮かばない。誰にも言っていないはずの出来事を暗に聖斗が指し示しているのである。 だが、雄一郎はあえてとぼけて見せた。 「何のことだそりゃ?俺は知らねえぞ。」 「水琴から聞いたよ。なんでも、噂になってる変質者を君が見事にやっつけたそうじゃないか。すごいカッコよかったって水琴がおおはしゃぎしてたよ。」 「あー…。」 完全に知られていた。と言うよりも水琴が全てを話していた。 雄一郎は大きく溜め息をつき、がっくりと肩を落とす。 「あいつめ。誰にも言うなって言ったのに…。」 「うん。学校のみんなには話せないからって、僕にばっかり話してくるんだよ。よっぽど感動したんだろうねえ。」 どうやら、雄一郎が言っていた「みんなに言うな」を、水琴は「学校のみんなに」と勘違いしてしまったらしい。もはや後の祭りであった。 「それはそうと、君はその時にすごい動きをしたそうだね?」 「すごい動き?」 「うん、ものすごい速さで移動したり、すごく高く跳び上がったり、一瞬で落下したりとかしたそうじゃないか。」 「まあ、そうだけど…。」 「君、運動神経はいい方かい?」 「いや、別に。普通だと思うけど。」 「そうだね、別にスポーツをやってるわけじゃないだろうからね。」 「まあ。それが何か?」 聖斗は一息ついてからゆっくりと話し始めた。 「おかしい。と言うか、気になるところがあるんだよね。別に運動神経が特別よくなくても速く動いたり跳んだりはできるんだ。」 「ああ。」 「でもね、空中から落下する速度というのはそうそう速くできるもんじゃない。重力の速度もあるし、空気の抵抗だって関係ある。だから、一瞬のうちに落下するにはちょっと無理があるんだ。」 説明の意図が掴めない雄一郎に小さな緊張が走る。 「でも、そんな無理なことをうちの水琴はやってのけたって言うんだよ。君がやったってね。実際に見たことなんだから嘘ではないよね。」 「だからそれがなんだって言うんだよ?」 段々と雄一郎の言葉がいつものように戻っていく。聖斗はそんな言葉を気にすることなく話を続けていく。 「だから、君には何か不思議な力があるんじゃないかと僕は思ってるんだよ。」 「な…。」 表情こそ変えはしないものの、雄一郎は度肝を抜かれていた。 人から話を聞いただけの男が、長年秘密にしていた事に近付いてきたのである。緊張を隠すことはできなくなっていた。 「速く落下することができるような力なんて本当にあるのか?なんて普通は思うかもしれないけれど、そうとでも考えないと君の動きは説明がつかない。」 「……。」 「でも、速く動いたり高く跳んだりもできるようになるということも考えると、一つの関連性が見えてくるんだよね。」 「なんだよそれは?」 話の内容は、すでに雄一郎では理解できない領域にまで来ていた。自分の能力に一つの関連性があるなどとは、今まで思ってもいなかった。もはや頭の回らない雄一郎は聖斗の話を促すことにした。 そして聖斗はゆっくりと口を開いた ――空気。 「……。」 雄一郎はその言葉を自然と受け入れていた。自然と体の中にその言葉が染み込んでいく。 聖斗は、呆然としたまま無言でいる雄一郎を見ながら話を続けた。 「簡単な話、空気を操ることができれば可能なんだよ。空気抵抗がないからいつもより速く走れる。空気の重さがないから高く跳べる。空気抵抗をなくして自分の周りを重くすれば速く落下できる。当てずっぽうではあるけれど、説明をつけるには一番簡単な推測さ。」 「そういうもんか?俺自身、よくわかってないんだけどな。」 雄一郎は自然と口を開いていた。そしてその答えは自分に不思議な力があるという事を暗に認めているということでもあった。 「でもまあ、世の中には本当にいるらしいんだ。空気を操る能力を持っている人ってね。」 「本当か?」 「詳しくは知らないんだけどね。ただ、特殊な家系の人間は、代々その能力を受け継いでいるらしいよ。まあ、いたとしても自分の能力に気付かないっていう人もいるらしいけど。」 雄一郎はどこかほっとしていた。自分の中にある能力が、他の人間にもあるという事が、心の中にあった孤独感をわずかながらにも拭ってくれていた。次に雄一郎が気になったのは、家系という言葉だった。 「ちょっと待て。特殊な家系の人間ってことは、俺の親も同じ能力が使えるって事じゃないのか?」 「それはどうだろうね?僕の知っている限りでは、その能力を秘めていたとしても、何かによって覚醒しないといけないらしい。つまり、君みたいに力が使えるようになるには、一定の条件が必要になるんじゃないかな?」 「なんだかめんどくせえんだな。」 雄一郎はなんだか煮え切らない気持ちでいた。そう、力に目覚めたあの日、両親は何も言わなかったそして今日まで経ってきた。親が力のことを知らないでいるのも仕方がなかったかもしれないと思うと、無理矢理納得させられてしまうような気がしていた。 「その話、もっと詳しくわからないのか?」 「うーん、そうは言っても情報が少なすぎるよ。水琴から話を聞いただけだしね。君の能力をもっとよく見てみないとねえ…。」 聖斗は少し困った顔をする。そして少し考えた後、雄一郎に話を切り出した。 「まあ、調べればある程度はわかると思うんだ。ただ、どんな能力かをもうちょっと見ておかないと調べようがないんだ。」 「それで?」 「君の能力を僕に見せてもらえないかな?」 「ここでか?俺とやり合うのか?」 「はは、まさか。それにこんなところで暴れたら家内にこっぴどく叱られるからね。」 「じゃあどうするってんだよ?」 「どうせお昼御飯まで少し時間があるんだ。ちょっと外で運動しようじゃないか。」 「外で?」 雄一郎がそう聞き返すと、聖斗は立ち上がり、リビングの出口に向かう。 「ちょっとした運動ついでに君の能力を見てみるのさ。まあ食前の軽い運動だと思ってさ。ついておいでよ。」 そう言って、聖斗はドアを開ける。雄一郎は慌てて立ち上がり、リビングを出て行く聖斗の後をついていくのであった……。 |