藤崎流古武術伝




薬物猟奇

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雄一郎を見る冴木の目は、夏奈子を見るそれとはまた違っていた。
そう、何か在らざるものを蔑むような視線で。

「?」
「君は人の事を散々非難しているけど、君も大して変わらないんじゃないのかい?」
「は?」
「何を言ってるんですか?」

水琴までが口を挟んでくる。冴木は続ける。

「君達は僕の趣味ややっている事をおかしいとかいろいろ言うけれど、普通と違うという意味においては、君も一緒じゃないのかい?」
「何言ってんだ?」
「確かに、雄一郎君はみんなと打ち解けてる感じはしないし、性格もちょっと暗いかもしれないけどそんなにひどくは…。」
「てめえも言いたい放題だな…。」

水琴の言葉は少しも擁護になっていない。

「僕が言ってるのはそんな小さな事じゃない。それなら、外で倒れてるアレと大して変わらない。」
「あいつよりひどいってのか…。」
「君には、普通の人にはない能力があるじゃないか。」
「…!」

雄一郎の表情が固まる。水琴は困惑する。

「どうして、先生がそれを…。」
「聞いてるよ。君には、一部の人間しか使えない戦闘術が備わっているそうじゃないか。あの変態を倒したのも、催涙ガスが全く聞かなかったのも、全部それのおかげなんだろう?」
「てめえ、何を知ってやがる。」

雄一郎は冴木を睨みつける。冴木は歪んだ笑みを崩さない。

「別に。僕は人伝に聞いただけさ。ただ、危険だから要注意だとは聞いてるけどね。」
「誰から聞いた?」
「そんな事はどうでもいいだろう?要は君もれっきとした異常者だって事なのさ!」
「そ、そんな事ないもん!」
「君がいくら弁護しようとも無駄さ、彼は結局、普段は何食わぬ顔で生活しているが一度本性を表せば、犯罪的な能力で人間を叩きのめす異常者。その姿は、君達が散々非難した僕と同じなのさ!」

まくし立てるように冴木は言う。それを聞いていた夏奈子は思考が混乱してしまう。

「藤崎くんが…普通じゃない…?」
「!…違うよ夏奈子ちゃん。先生が勝手な事言ってるだけだよ!」
「違うものか。僕が決めた事じゃない、これは人から聞いたことなんだ。」
「その人がなんだって言うんですか!雄一郎君の事、なんにも知らないくせに!」
「君だって同じじゃないのか?転校して何日もなってないじゃないか。」
「それは…。」

冴木の言葉に、水琴は言葉を濁す。事実、数日雄一郎と時間を共にしただけであったからだ。

「そう、結局は誰も彼の事なんてわかってないのさ。彼は今まで、その能力をひたかくしにしてきたんだからね。」
「隠してた…藤崎くんが…。」

水琴は言葉を失い、夏奈子は困惑する。一同が沈黙すると、最初に口火を切ったのは雄一郎だった。

「…もういい。」
「うん?」

雄一郎は冴木を見据えながらゆっくりと歩いていく。

「くだらねえお喋りは終わりだ。面倒な事は全部テメエをぶちのめしてからにする。」
「は、結局はそれか。やっぱり君もれっきとした野蛮人。戦闘術にモノを言わせるはぐれ者ってワケだ。」
「…雄一郎君!」
「どうでもいいって言ってんだろ。いちいち変質者の言う事なんて聞いてんじゃねえよ。」
「やだねぇ。そうやってすぐに暴力に訴え…っ!」

冴木の言葉を待たずして雄一郎は襲い掛かる。空を切りながらの突進から跳び上がり、冴木の顔面に足裏を叩き込む。

――ダァン!
「くはっ…!」

勢いよく蹴り飛ばされた冴木は頭から窓ガラスに叩きつけられる。足元には夏奈子が座り込んでおり、そこにもつれ込むように倒れていく。

「っ!いやっ!」

傾れかかる冴木から逃れようと、夏奈子は四つん這いになってそこから抜け出す。部屋の出入り口とは正反対の隅まで移動して体をひそめる。

雄一郎は窓際で倒れている冴木を見下ろしている。お互いの距離は二メートル弱ほどまで迫っていた。

「……くっ…。」

声を漏らしながら冴木は立ち上がる。よろけながらも雄一郎の方を見ると、冷淡な眼差しでこちらを睨みつけてくる。今にも飛び掛らんとするような雰囲気であった。

「今から人殺しをするヤツが偉そうにほざくな。殺すぞ。」
「ちっ…。生意気な…。」

冴木は突然斜め前方に走り出す。雄一郎は、教卓に向かう冴木を目で追う。黒板を背に、教卓の上にあるアタッシュケースを開ける冴木。

「…っと、これだ…。」

そこから取り出したのは一本の注射器。夏奈子に打とうとしたそれとは異なり、褐色の液体が充填されている。

右手に注射器を持ったまま左腕の袖を捲し上げ、その腕に注射器を刺して液体を注入する。

液体の全てが体内に入り切ると、冴木は注射器を抜いて右方に放り投げる。

「…ふぅ…。」
「?」

冴木は大きく深呼吸をして雄一郎の方に振り向く。雄一郎はその様子を怪訝そうに眺める。

「…なにをした?」
「ふ、強壮剤だよ。外のアイツで散々実験した末に完成した、ね。」

ゆっくりと冴木の様子が変わっていく。背中は若干丸まり、両腕と両足がほんの少しだけ曲がったままになる。体全体が強張り、表情は引きつったままになる。

すると、冴木はいきなり教卓の上に飛び乗る。その跳躍力は先程の冴木からは想像できない程であった。

「…!」
「この薬は、体全体の筋肉や骨格を硬化してくれる。それにより、筋力が普段の倍近くまで強化されるんだよ。」
「ああそうかい。だったら、さっさと来いよ。」
「言われなくてもそうしてやるさっ!」

冴木は突然、教卓の上から雄一郎めがけて飛び込んでくる。冴木の着地を雄一郎は右にかわす。屈み込んだ冴木は、すかさず雄一郎を狙って左手を振り払う。
雄一郎は寸でのところで後ろに飛び退き、それをかわす。

衣服に違和感を感じた雄一郎は、自分の制服の腹部を見てみる。制服の中縁に、若干の切り込みが見られた。


「何?」
「この薬は体の隅々まで硬化してくれる。手足の爪だって、例外じゃないのさ。」
「ったく、ほとんどバケモノじゃねえか…。」

冴木は立ち上がり、雄一郎の方に振り向く。その姿は、まさに獲物を狙う肉食動物であった。

「バケモノと言うなら君も同じだろう?見せてくれよ、君のそのバケモノみたいな力をさ!」

冴木は再び襲い掛かる。振り下ろされた右手を、雄一郎は左腕で受け止める。冴木の右手首に引っ掛けた左腕は、冴木の腕力によって徐々に下ろされていく。

「どうした?君の力はそんなもんなのかい?さっきまでの威勢はどこへ行ったんだか…。」
「ちっ。うるせえ…!」
「ふっ、下がお留守だぞっ!」

――ドスッ!

冴木はそのままの状態で右回し蹴りを雄一郎の脇腹に叩き込む。雄一郎は勢い良く吹き飛び、黒板と教卓の間に倒れる。

「雄一郎君!」

水琴が心配そうに叫び、駆け寄ろうとする。雄一郎はすかさず起き上がって冴木の方に身構える。

「来るな。動ける余裕があるなら雛森を連れてここから出ろ。」
「でも…。」
「デモもガンモもねえ。とっとと行け。」
「人の心配をしてる場合かい?」

水琴は立ち止まる。雄一郎は身構える。冴木は雄一郎に近付いていく。
夏奈子はその様子を遠巻きに見る。

「……。」

夏奈子は沈黙のまま雄一郎達を眺める。この状況で、夏奈子は何を口にしていいのかがわからないでいた。

そんな夏奈子を差し置いて、雄一郎と冴木の攻防は始まる。

冴木は先程と同じように右手を振り下ろしながら雄一郎に襲い掛かる。
雄一郎はすぐさま隣の教卓に右手をついて乗り越える。

「…甘いな。」
「何…!」

――ヒュン。

冴木の左手からペーパーナイフが飛んでくる。着地直後で思うように動けない雄一郎は仕方なくそれを左腕で受け止める。冴木はその一瞬の隙を突き、飛び込みざまの蹴りを雄一郎の左腕に叩き込む。

雄一郎は大きく仰け反り、足を地につける間もなく倒れてしまう。

「雄一郎君、大丈夫?」

水琴は、すぐ脇で倒れている雄一郎を見てしゃがみ込む。衣服に乱れはあるものの、特に外傷はない。

「だから大丈夫だって言ってんだろ。」
「でも、このままじゃ雄一郎君が…。」
「俺が負けるとでも思ってんのかお前は。」
「だって、こんな状態じゃ…。」
「俺なんかよりも雛森の心配をしろ。こいつの狙いは、あいつなんだからよ。」

そう言って、雄一郎はゆっくりと立ち上がる。一方冴木は、雄一郎の言葉を聞いて思い出したように夏奈子の方を見る。

「そうだった。彼女を忘れちゃいけないな…。」
「え?」

冴木は、雄一郎から視線を逸らし、夏奈子の方へとゆっくり歩いていく。

「い、いや…。」

夏奈子は座ったまま、廊下側からベランダ側へと移動していく。ちょうど、雄一郎達の後ろに差し掛かった時だった…。

「何もそんなに怖がる事ないじゃないか。」
「!」

冴木は一瞬のうちに夏奈子の前に立ちはだかる。雄一郎達の背後に立ち、夏奈子の視界からそれを消す。

「何も取って食おうってわけじゃないんだ。大人しくしていれば何も怖がる事はないんだよ。」
「…っ…!」

遅れて、水琴と雄一郎は振り返る。

「夏奈子ちゃん!」

水琴の声にも夏奈子は応じない。冷静さを完全に失ってしまい、どうする事もできないでいた。

――スッ。

あっという間の速さで、雄一郎は夏奈子と冴木の間に割り込む。
その速さに思わず二人は声を漏らす。

「ん?」
「藤崎…くん…。」
「まだそんな元気があるのか。で、どういうつもりだい?」
「決まってんだろ。テメエの変態プレイの邪魔だ。」

冴木の引きつった笑みは崩れない。

「ご苦労な事だね。彼女はもはや君を信用してないんだよ?そんな彼女をかばって、君は何がしたいんだい?」
「こいつが俺をどう思おうが関係ねえんだよ。俺の目的は、こいつを家に帰す事だからな。こいつに何かあったら、周りがうるせえだろーが。」

冴木は雄一郎の言葉を鼻で笑う。

「はっ。おめでたい子供だな君は。結局は周りを気にしてるだけじゃないか。それで嫌な事があればすぐに暴力…。そんな不良を誰が信用するって言うんだ、ええ?」
「…知るかんなもん。」
「私が…私がいるもん!」

水琴が大声で声を挟む。冴木は水琴の方にちらりと目をやる。

「確かに、雄一郎君はちょっとおっかないし、変な力を使うけど…、それでも、襲われてた私を助けてくれた事は事実なんだからっ!」
「…。」
「…水琴ちゃん…。」

夏奈子は思わず声を漏らす。冴木はそれには答えず雄一郎の方に向き直る。

「だ、そうだ。君みたいなどうしようもない不良でも、看取ってくれる友人がいるんだから幸せだよなぁ。」

冴木はそう言って跳びながら右足を大きく上げる。その足を、落下の勢いを加えたまま、雄一郎めがけて踵から振り下ろす。

「ぐっ…。」

雄一郎はその右足を、両腕を交差させて受け止める。しかし、その力に耐え切れず、腰を曲げ膝をついてしまう。

「少し面白い事を考えたよ…。」

着地した冴木は、右足を雄一郎の両腕に乗せたまま、コートのポケットに両手を入れた…。


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