藤崎流古武術伝
薬物猟奇
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| その日の学校は授業にならなかった。 警察が立ち入り、綿密な調査が展開されていた。 当直が最初に学校に来た時は、校舎の数箇所の鍵が開けられており、荒らされた美術室では重症の冴木が発見された。また、校舎の外でも、家庭科室の窓際で若者の変死体が発見され、殺人・傷害事件として調べられる事になった。 学校の職員達は、そのほとんどが捜査協力で授業に手が回らず、全校の教室は全て自習となっていた。 当然、雄一郎達の教室も自習。しかし、大人しく机に向かう者はほとんどいない。皆、好きな者同士で机を囲み、事件についてあれやこれやと話し合う。中には、隣のクラスの生徒も混じっていた。 そして、雄一郎の周りにも、その野次馬は集まっていた。 「なんだか、すごい事になってるみたいだね。」 「そりゃあねえ。学校の先生がボコボコにされた挙句、外で死体が見つかるなんて、この辺じゃありえない事件だよ。」 葵と継美。隣のクラスだというのに、わざわざ雄一郎の周りに来て事件の話をしている。 「外で見つかった死体って誰だったのかな?」 「うーん、あたしの聞くところによると、この辺に住んでる若者だったみたいね。若者って言っても、見た目はキモオタデブヒキコモリって感じで、いかにも変質者って感じだったらしいけど。」 「キモオタデ…?まあとにかく、変な人だったんだね。」 「まあそういうことよ。」 葵の疑問を継美は適当にあしらう。 一方、雄一郎と水琴はその話題には触れず、黙りこくっていた。 当然のように継美は食らいつく。 「ねえあんたら。」 「ん?」 「へ?」 「んでもへでもないよ。どうしたの?さっきからずっと黙っちゃってさ。」 「別に…。」 「私は何も…。」 「こいつはともかく、あんたまで黙るなんておかしいよ水琴。」 「え?そうかな…?」 雄一郎は相手にせず、水琴は苦笑いでごまかす。明らかな不自然な二人を目にした継美は険しい表情で思案を巡らせる。 「もしかしてあんた、雄一郎になんかされた?」 「え?別に何も…。」 「そう?妙に余所余所しいから、そんなところじゃないかとあたしは睨んでるんだけどねえ。」 「おめえの睨みはいっつもハズレだろうが。余計な事考えてねえで。自習でもしてやがれ。」 「うっさいわねあんたは。黙るなら最後まで黙ってなさいよ。」 「おめえがいると大人しく黙ってるコトもできやしねえんだよ。」 「だったら話しちゃいなさいよ。洗いざらい全部。水琴に何をしたの?もしかして、ナニをしたとか?」 「ほざいてろボケナス。何もしてねえって言ってんだろーが。」 「ボケナスとはなによ!このネクラマンサー!」 「おめえがアホ見てえなコト言ってるからだボケナス!」 「ぬぁ!一度ならず二度までも…!」 「――!」 「――!」 いつも通りの言い合いが始まる。そんな光景に胸をなでおろした水琴はふと夏奈子の席を見る。 そこに夏奈子はいない。ぐるりと教室を見渡すがその姿は見えない。一緒についてるはずの玲の脇にも夏奈子はいなかった。 「夏奈子ちゃん…どこに行ったんだろ? 「へ?」 雄一郎達は一斉に水琴の方に振り向く。何気なく呟いただけの水琴に最初に答えたのは継美だった。 「夏奈子は多分、事情聴取じゃないかな?」 「え?」 「なんだか、昨日夏奈子の帰りが遅かったらしくてみんな心配してたんだって。その次の日にこんな事があったから、参考として質問されてるみたいだよ。」 「へえ、そうなんだ…。」 水琴は驚いた表情で頷く。雄一郎は関心なさげに聞き流す。 「っても、事件に夏奈子が噛んでるとは思えないけどね。関係あるとしたら例の変質者の方でしょ?まあどっちにしろ、昨日夏奈子に何があったのかが気になるところだけどさ。」 「うん、そうだね…。」 複雑な表情のまま相槌を打つ水琴。空気の掴めていない葵は急に口を挟む。 「案外、本当に変質者にさらわれてたりしてね。」 「バーカ。もしそうだったら夏奈子なんて無事に帰ってこれるわけないじゃん。何をされるかわかったもんじゃないんだから。」 「そういうもんかなぁ?」 「死ぬとまでは行かなかったとしても、しゃあしゃあと学校に来れるような状態じゃあなくなるんでない?なんてったって相手は変質者だからねえ。あんたもヘタするとアブナイ人にさらわれるかもしんないのよ。」 「ええっ?それは嫌だなぁ。」 そうして、葵と継美だけの会話が展開される。雄一郎と水琴は、戻ってこない夏奈子を気がかりに口を噤んでいるのであった…。 結局、夏奈子の証言から雄一郎達の名前が出される事はなかった。 ――夏奈子は昨日の昼、早退で家に帰ろうとしたところ、見知らぬ数人の大人が突然現れ、睡眠薬で眠らされたという。 気がついた時はすでに夜遅くなっていたそうで、その場所は、学校から遠く離れた駅の外れであった。 自分を連れて行ったと思われる人物達は遠くの方で話し合っていたようで、その隙に自分は家まで逃げてきたという事だった―― 夏奈子の証言により、この事件は、駅周辺に屯する不良グループが絡む暴力事件として扱われる事となり、調査もその方向で進められる形となった。 それにより、学校側も深く追求される事もなく、調査の面でも、本日の現場調査が主体となり、以後の聞き込みなどは僅少となる結果となった。 数時間の授業の後、学校は生徒達を帰す事になった。 延々と続けられる現場調査により、生徒達に手が回らない事を判断した学校側が、学校閉鎖をする事にしたのだ。 午前中の時間も有り余る放課。生徒達ははしゃぎながら校舎を後にしていく。 ほぼ休日と言ってもいいほどに時間を持て余した雄一郎だったが、特に浮かれる事は無く、教室の椅子にもたれかかっていた。 正面玄関の混雑が予想される時間帯を避ける為、教室で待っている事にしていた。 水琴はそんな雄一郎と共に帰るべく、椅子に座り、机に肘をついて待つ。手の平に顔を載せ、ぼーっと辺りを見渡していた……。 しばらくして、雄一郎達は正面玄関を出る。下校する生徒達はほとんどいなくなっていた。静かになった校舎を後に、二人は歩き出す。 「夏奈子ちゃん、私達の事、なんにも言わなかったね。」 「ああ。冴木先生の事もな。」 「私達の事庇ってくれたのかな?」 「まあ、全く関係のない不良グループのせいにしたんだから、そう思ってくれていいんじゃねーのか?」 「うん、そうだよね…。」 ぽつぽつと会話が続く。二人とも、昨日と今日の事実を確かめるように言葉を絞り出す。 「夏奈子ちゃんは、雄一郎君の事、信用してくれるかな?」 「それはどうだかな?俺の方も言いたい放題だったし、最後なんて置いてけぼりだからな。ヘタすると恨まれてるかもな。」 「そんなぁ。雄一郎君は私達を助けてくれたのにぃ…。」 「そんなのはあいつ次第だろ?あの中途半端に聞き分けのいい性格でどう判断するか…。」 二人は長い一本道を歩く。その後を小さな足音がついていく。 ――タッタッタッタッタッ…。 「…ゆーいちろーくーん!」 聞き慣れた声の、聞き慣れない呼び声。小さな駆け足と共にその声の主は近付いてくる。 「…あ、夏奈子ちゃん!」 雄一郎達が振り返った後ろには、夏奈子が駆け寄ってきていた。その表情は晴れやかで、一切の翳りが見えない。 「ふう、やっと追いついた!」 追いついた夏奈子は、雄一郎と水琴の間に入り、歩調を合わせる。 「夏奈子ちゃん、もう帰って大丈夫なの?」 「うん、学校の中に怪しいものは見られないからって、警察の人も帰っちゃったよ。」 「怪しいものって、あの薬品があっただろうに…。」 「うーん、それがなんだか、そういったものはなんにも見つからなかったみたい。美術室の中は荒らされてたってだけで、アタッシュケースの話は全然聞かなかったよ。」 「なんだそりゃ?誰か隠したのか?」 「さあ?わたしも見てないからわかんないけどね…。」 雄一郎は首をかしげる。水琴は話を別の方向に切り換える。 「でも、とりあえずはよかったんじゃない?それがないってコトはこれ以上学校が調べられる事もないんだし、私も雄一郎君も無関係って事で片付くから面倒がなくなるよね。」 「まあな。それもあるし、今回は雛森の証言があったおかげで巻き込まれずに済んだわけだ。」 「そうだね。夏奈子ちゃんには感謝しないと…。」 「ううん!」 夏奈子は突然、大きな声を出しながら雄一郎たちの前に立ちはだかる。 夏奈子の神妙な面持ちに、雄一郎たちは思わず立ち止まる。 「昨日はわたし、なんにも言えずに怖がってたばかりだったけど、雄一郎くんたちが帰ってから気付いたんだ。」 一呼吸置いてから夏奈子は続ける。 「雄一郎くんは確かに普通じゃない力を使うかもしれないけれど、その力で雄一郎くんはわたしを助けてくれたんだよね。それだけはどうしようもない事実だよね。だって、雄一郎くんがいなかったら、わたし死んでたかもしれないんだから。」 「夏奈子ちゃん…。」 「だから、お礼を言うのはわたしの方。雄一郎くんはわたしを冴木先生から助けてくれたし、水琴ちゃんは一生懸命わたしを捜してくれた。玲ちゃんから聞いたよ。二人とも、どうもありがとうね!」 大袈裟に一礼して頭を上げた夏奈子は爽やかな笑みがこぼれていた。 最初にそれに応えたのは水琴だった。 「うん。私達の方こそ、信じてもらってありがとう!」 「つまりはお互い様って事だ。気にするなよ。」 「うん。それに、これからじっくり雄一郎くんのコトを確かめなくちゃね。」 「は?」 夏奈子は雄一郎達の間に戻り、二人の腕を引っ張って歩き出す。 「だって雄一郎くん言ってたじゃない。人の話を疑ってる暇があったら自分の目で確かめろって。」 「まあ、そんな事を言った気もするが…。」 「だーかーらー。わたしも水琴ちゃんみたいに付きまとってみようかなーってね。それなら水琴ちゃんの言ってる事もわかるかもしれないでしょ?」 「だからってなあお前…。」 「延々と疑われるよりはよっぽどいいでしょ?それに、雄一郎くんのあの力はわたしも気になるし。」 「ああ、ここにも目撃者が…。」 今更な事実を思い出し、雄一郎はひどく落胆する。夏奈子は悪戯っぽく微笑む。 「だから、わたしも水琴ちゃんみたいにアットホームに扱ってよね。とりあえずは名前の呼び方から…。」 「…って、だからお前はさっきから俺の事を…。」 「まあそんなところ。だから、わたしのコトもちゃんと夏奈子って呼び捨てにしてね。」 「誰がそんなメンドくせえコトを…。」 「えー!ひどーい!水琴ちゃんはよくてわたしはダメなのぉ?」 「別にそういう意味で言ってるワケじゃ…。」 「わたしも今は水琴ちゃんと同じ条件だよぉ?それなのに水琴ちゃんだけ特別扱いするのぉ?」 「そういうワケじゃあ…。」 「じゃあどういうワケなのぉ?」 夏奈子はどんどんと雄一郎を追い詰めていく。水琴は、そのやり取りを見て、思わず笑い出す。 「フフッ…。ハハッ…。」 「何笑ってんだおめえ。」 「いや、ゴメンゴメン。つい、こないだの事思い出しちゃってさ。」 「こないだって、あのうすらデブの時か。あの日俺はお前に脅されて…。」 「別にいいじゃん。何も嫌ってるワケじゃないんだから。ねえ、夏奈子ちゃん?」 「そうそう。女の子のおねだりは聞いとくべきだようん。」 「お前らな…。」 水琴一人でかなわなかった上に、今回は夏奈子がプラスされている…。 雄一郎は諦めるしかなかった。 「ああもう、一人も二人も同じだ…!」 「わーい!」 「わーい!」 水琴と夏奈子は顔を合わせ、手を合わせて喜ぶ。そんな二人を差し置いて、雄一郎はつかつかと先を進む。 「さっさと帰るぞ。っても、さすがに夏奈子の家までは送っていかねえからな。」 「はぁい。」 「さ、雄一郎君に追いつこう。」 「うん!」 いつもより一段と騒がしい下校。 南に昇ろうとする太陽の光が三人に降り注ぐ。 猟奇的な夜の事件から、暗く沈んだ三人の心に、ようやく太陽の光が差し込んだ。そんな昼前の下校。 三人が、時間と空間を共にして出来た、初めての下校であった……。 |