藤崎流古武術伝
薬物猟奇
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| のしかかる踵を受け止め続ける雄一郎。それを見下ろしながら冴木は、コートのポケットからペインティングナイフを取り出す。両方の手に。 「純粋無垢な少女は有りのままを飾るのが最も美しい。だが、戦闘狂の君はそれだとつまらない。」 冴木はそう言って雄一郎の服の両肘部分を切りつける。 「…っ!」 「凶暴さを表現するには血が最高だ。血染めのオブジェこそが最高の作品となる。」 「勝手な事抜かしやがって…。」 「君の最期を美しく飾ってやろうじゃないか!」 冴木は雄一郎に乗せていた踵を下ろし、左右のペインティングナイフを振り下ろす。 左右から来る攻撃、背後には夏奈子。回避のままならない雄一郎は両出を眼前で交差させてそれらの攻撃に耐える。 「雄一郎君!」 「藤崎くん…!」 「はっ。ここまできてもなお彼女を庇うのか?ちょうどいい。そのまま切り刻まれるがいい!」 ――シュピッ!シュピッ! 左、右と冴木のナイフは雄一郎の制服を切り刻んでいく。そして、その刃はやがて雄一郎の肌を切りつけていく。 「先生やめてっ!」 動けるようになった水琴は冴木を取り押さえようと。冴木の左腕に掴みかかろうとする。 「君は少し黙っていなさい!」 「キャッ!」 冴木はその左腕で水琴を突き飛ばす。水琴は勢い良く飛ばされ、廊下側の壁に叩きつけられる。 ――シュピッ!シュピッ! 冴木はなおも雄一郎を切り続ける。やがてその刃には、赤い血がまとわりついていた。 「ナイフに赤がのってきたな。血染めのオブジェ。塗料は君の鮮血。染めるは僕のアクションペインティングだ!」 冴木の声が段々と高まる。切りつけるペースが上がる。雄一郎の制服はボロボロになる。それでも雄一郎は耐えていた。 「藤崎くん…。」 「いいぞいいぞ。そうやって大人しくしてもらえればハッチングがスムーズにできる。いや、線を重ねていくんだからクロスハッチングか!」 「……。」 冴木は狂気の声を上げながら雄一郎を切りつける。しかし、雄一郎にその声は届いていなかった。 雄一郎は思い出していた。一方的な暴力に耐え忍んでいたあの頃を。 次第に体が熱くなっていくあの感触を…。 「!」 突如、重苦しい空気が冴木を押しやる。場の状況に異変を感じた冴木は反射的に飛び退く。 「…なんだ…?」 ゆっくりと雄一郎が立ち上がる。刺すように視線を向ける雄一郎の周りには重苦しい空気が立ち込める。 「…どうやら、昔と映像がダブったみてえだ。おかげで、能力の調子がすこぶるいい…。」 「何を言ってるんだ君は?」 「なああんた。さっきは俺の能力をどうこう言ってたな。見せてやるよ。なんだか今日は新しい事ができそうだ。」 「へえ、大した自信だね。さっきまで手も足も出なかったくせに。」 「言ってろ。俺が能力を使ったのは薬を打つ前のあんたに飛び掛った時やスプレーをかけられた時だけだ。まだ、あんたはこの力を知らない。」 「だったら見せてみなよ。何をしたって、この硬化した体にダメージを与えるなんてできるわけがないんだ。」 雄一郎は身構える。左足を前に出して若干の体重を乗せ、左肘を前に突き出して手首は垂らしたまま、右腕は力を抜いて手を開く。 「それと雛森。」 「えっ?わたし…?」 いきなり名前を呼ばれた夏奈子は、戸惑いながら反応する。 「こんな変質者にこんなところに連れられたのは災難だ。しかも助けに来たヤツってのがこれまた怪しいヤツって聞いたもんだからどうしていいのかわかんねぇかもしれねえが…。」 「……。」 一息ついて雄一郎は吐き出す。 「周りの話にいちいち流されてオロオロしてんじゃねえ。人の話をいちいち疑ってる暇があったらてめえの目で確かめろってんだ。誰かがなんでも教えてくれると思ってんじゃねえ。」 「藤崎くん…。」 呆然としている夏奈子をよそに、言いたい事を言った雄一郎は思考を戦闘に切り替える。冴木を見据えながらにじり寄る。 「言いたい事は言ったようだね。」 「ああ。後はテメエをぶっ飛ばすだけだ。」 「それなら来なよ。今度はナイフを突き刺して血を吹かせてやるよ。」 冴木も身構え、飛び掛かる体勢になる。互いが互いを見据え、襲い掛かるタイミングを計る。 「…行くぞ。」 「ああ…。」 冴木は駆け出す。しかし、目指す先の雄一郎はすでにその視界から消えていた。 ――ズゥンッ! 「…ぐおっ!」 弾丸のように飛び出した雄一郎の左肘が冴木のみぞおちにめり込む。 体をくの字に曲げようとしている冴木の喉元をすかさず左手で掴み上げる。 「な、なにを…!い、息が…苦しい…!」 雄一郎を包む空気が、肩ほどの高さにかざした右の拳に集まっていく。 ――今の君の右手は一つの鈍器みたいになってるんだろうね ふと、聖斗の言葉を思い出す。そして、その右手は石のように重くなっていく。 「おそらくこれが…この力の本当の使い方だ…!」 「…なっ!」 ――ドスッ! 重くなった右の拳を冴木のみぞおちに叩き込む。冴木はもはや呼吸ができなくなっていた。 ――難しく考えることないよ。集めた空気は爆発させられるって感じに覚えておけばいいからさ 聖斗の言葉が再び頭をよぎる。その瞬間、雄一郎の思考が吹き飛ぶ。 体中を駆け巡る血のイメージが雄一郎の中に現れる。 そして、無意識のうちに雄一郎はその言葉を発していた。 「壱の型――弾。」 ――バアアアァァァン! 冴木は凄まじい勢いで吹き飛ばされる。それこそ弾丸のように。 ――ドンッ!ガシャアアァァン! 途中にある長い教卓をひっくり返し、黒板に叩きつけられる冴木。 アタッシュケースやその中身、教卓の上の美術用品に埋もれながら冴木は黒板の前に倒れた。 「……。」 冴木はピクリとも動かない。空気を奪われ、呼吸さえもままならぬ状態では、叫び声を上げる事すらできなかった。 「…ふぅ…。」 雄一郎の思考が元に戻る。深く息をつき、冴木の方に目をやる。 薬物と美術用品に埋もれる冴木を見て、起き上がる気配がない事を確認する。 「筋肉や骨格は硬くなっても、呼吸ができなきゃ意味ねえか。運動するにも酸素が必要だって理科で言ってたしな。」 そう言って雄一郎は窓の下で座り込んでいる水琴の方に目をやる。 「水琴、お前はもう動けるのか?」 「う、うん。一応…。」 水琴は答えながらゆっくりと立ち上がる。 「そうか。なら帰るぞ。」 「えっ?ちょっと待ってよ!」 出口に向かって歩き出す雄一郎を水琴は呼び止める。 「なんだよ?」 「って、どうするのこれ?」 「これってなんだよ?」 「冴木先生とか、夏奈子ちゃんとか…。」 「そいつはもう起き上がってこねえから大丈夫だろ。雛森も少しすれば自分で歩けるだろうしな。」 「いや、そうじゃなくて…。」 「なんだよ?」 水琴の言ってる意味がわからず、雄一郎は顔をしかめる。 「美術室がこんなになったまま明日になったら、きっと大騒ぎになるよ。それに、夏奈子ちゃんが行方不明になってた理由はなんて言ったらいいのか…。」 「んなもん知るか。」 「そんな…。」 雄一郎の無責任な発言に水琴は困惑する。 「俺らが黙ってれば何も気にする事ねえだろ?どうせ周りが勝手に決め付けるんだから。」 「でも夏奈子ちゃんは…。」 「それこそ本人に考えてもらうのが一番だろ。俺らがテキトーなコトを言うよりよっぽど説得力あるんだからな。」 「……。」 夏奈子は何も言わない。水琴の方も、特にいい言葉が思いつかない。 「うーん、あんまりしっくり来ないけど…。」 「来なくていい。こういうのは大人に任せときゃいいんだよ。」 雄一郎は言うだけ言って出口に向かい、引き戸の鍵を開ける。 ――ガラガラ。 引き戸を開き、それに手を掛けたまま雄一郎は、美術用品に埋もれている冴木に目をやる。 「テメエの変態腐った芸術は、その大好きな美術品でやってるんだな。うだつの上がねえ口先野郎には…お似合いだ。」 雄一郎は冴木から目を逸らし、大きく踏み出して美術室を出る。 「あ、待ってよ。…ゆーいちろーくーん!」 つかつかと歩いて行く雄一郎を水琴は小走りで追いかける。 雄一郎を呼びかけるその声だけが、夏奈子の頭の中に残り続けた…。 「――ゆう…いちろう…くん…。」 「はーあぁ。」 「なんだ?いきなりでけえ溜め息つきやがって。」 月明かりに照らされた一本道。雄一郎と水琴はゆっくりと歩いて帰る。 水琴はげんなりと俯きながら歩を進める。 「私、お父さんに何も言わないまま出てきちゃった…。」 「だからどうしたんだよ?」 「怒ってるかなぁ?夜の一人歩きはダメだって散々言われたのに…。」 「まあ、言いたくなる気持ちもわかるけどな…。」 雄一郎は違った意味で納得する。 「元はと言えば雄一郎君があそこに…って、雄一郎君と行ったんだから、一人歩きじゃないよね。なあんだ、そう言えばいいんだ。」 「やめろ。あいつに俺の名前を出されるとロクな事がない…。」 「えー。いいでしょー。雄一郎君も家に帰ったらそう言えばいいでしょ?」 「それはそれで問題だ。」 「むー。だったら、何て言えばいいのさぁ?」 「当たって砕けろ。継美でもダシに使え。」 「って、それじゃあ余計話が大きくなっちゃうよぉ。」 そうこうしているうちに二人は、水琴の家の前に着く。 水琴は庭に足を踏み入れると、ふと来た道を振り返る。 「夏奈子ちゃん…。大丈夫かな…?」 水琴は心配そうに呟く。雄一郎は事も無げに答える。 「さあな。どのみち、明日になればわかる事だ。俺達が心配してもしょうがねえ。」 「…そうだね。夏奈子ちゃんを信じよう。大丈夫だよね。夏奈子ちゃんならきっと自分でなんとかしてみせるよね…。」 水琴は自分に言い聞かせるように呟く。雄一郎は帰り道に向かって歩き出す。 「じゃあ俺は帰るぞ。」 「あ、うん。それじゃあまた明日ね!」 「ああ…明日、な…。」 元気に手を振る水琴を背に雄一郎は歩き出す。雄一郎は後ろを見る事無く、ただ真っ直ぐに歩き続けた。 「面倒なコトは考えてもしょうがねえ。帰ってゲームでもやるか…。」 雄一郎はボロボロになった制服を見つめながらそう呟く。 背負った鞄の中身を思い描き、一心不乱に家を目指すのであった…。 |