藤崎流古武術伝
薬物猟奇
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| 夜の校舎は息苦しいほどの無音に包まれていた。自らの立てる足音だけが、廊下の向こうまで響いていく。 三階に上がってきた雄一郎は、他の部屋に目も暮れずに自分の教室へと向かう。 各教室の引き戸は完全に開放されていた。 「戸締りしていた先生も、教室までは閉めてなかったからな。」 度々居残りを経験していた事から、教室が開放されていることを雄一郎は知っていた。 誰もいない教室に足を踏み入れる。 月明かりが教室を照らし出している。暗がりの教室とは言えど、明かりが必要なほどではない。 雄一郎はすぐさま自分の机に向かう。そして、その中からCDケースを取り出した。 「あった。とりあえず没収されてなくて良かった。なくすと葵はうるさいからな。」 手に取ったCDケースを雄一郎は背負っていた鞄の中に入れる。そして、そのまま教室の出口へ向かう。 「後は、雛森を捜さなくちゃいけねえんだったな。とりあえず、隣の会議室からだな。」 廊下に出た雄一郎は、確認もせずに通り過ぎた部屋の事を忘れ、そのまま先へ進んでいくのであった……。 「うーん、ここもいない…。」 唸り声を出しながら水琴は職員室から廊下に出てくる。 あれから水琴は、保健室を捜し終え、隣の校長室に入ろうとしたが、鍵が掛かっていたため、さらに隣の職員室から入って捜した。職員室と校長室はドア一枚で通り抜けできるようになっている。水琴はそこから校長室に入っていったのだ。 広くて見えづらい職員室を隈なく捜しつくし、それでも収穫のなかった水琴は溜め息をつく。 「はぁ、やっぱり怖いなぁ。雄一郎君の方はどうだろ?なんだか真っ先に教室に行ってるような気もするけど…。」 水琴はそのまま隣の家庭科室の前に足を運ぶ。引き戸は閉め切っており、手で動かそうとしても開く気配がない。 「そっか、ここは使うとき以外はずっと閉めっぱなしだったっけ。」 水琴は引き戸から手を離す。カラス窓から中を覗いてみるが、特に変わった様子はない。 さらに進んでもう一つの引き戸からも同じように覗くが、様子に変わりはなかった。 「やっぱりダメかあ。とりあえず次行こ。」 水琴は家庭科室の前を離れ、奥へと進んでいく。 家庭科室を過ぎると、その向かいに職員専用のトイレが男女分ある。 水琴は念の為、両方のトイレに入って調べてみたが、特に不審な点は見当たらなかった。 廊下をさらに進むと、今度は西側の階段に差し掛かる。雄一郎が上っていった階段とは対称の位置にある。 一階にある部屋は、その階段をさらに進んだところにある理科室が最後であった。 「あれ?開いてる……。」 水琴は引き戸の手前で立ち止まる。 本来、必要時以外締め切っているはずの理科室が、完全に開いている。 閉め忘れというような雰囲気ではない。誰かが意図して開けたという事がはっきりとうかがえる。 「どうして?さっき外から見た時は閉まってたはずなのに……。」 水琴の緊張感は高まる。同時に、何かあるかもしれないという期待感が水琴の足を理科室の方へと運ばせる。 水琴は理科室の中へと入っていった。左右を確認しながら徐々に中へと足を進める。外から見た時の様子と違いはないかと注意深く見渡す。 ――バチンッ! 「!」 後方から突然の物音。引き戸が勢い良く閉められた音。水琴は驚き、反射的に音のした後方へ振り向く。 その引き戸は、一人の男によって閉められた。 「冴木…先生…?」 薄暗がりで、しかも見慣れない茶色のロングコートを羽織っているのでわかりづらかったが、その正体は紛れもなく水琴達の美術教師、冴木拓也そのものであった。 「どうしたんだい?こんな遅くにこんなところで。」 普段と変わらない口調で冴木は話し掛けてくる。 引き戸を閉めた手をそのままに、背中を引き戸に預けている。俯き加減でその目は見えずとも、口元から見えるその笑みは、尋常とは思えない雰囲気を醸し出している。 「先生…、どうして、ここに?」 水琴は、冴木のただならぬ雰囲気にたじろきながらも、なんとか言葉をつむぎ出す。 「僕?僕は出張から帰ってきただけだよ。佐藤先生から聞いただろう?」 「はい。でも、こんな誰もいない学校で、そんな格好で、何をやってたんですか?」 「ああ、これはね、ちょっと急ぎの作品があってね。今夜中に仕上げなきゃならないんだ。そういう君は何しに学校へ?」 「えっと、夏奈子ちゃんを捜しに…。」 「雛森君かい?彼女は具合が悪くて早退したんだろう?なんでまた学校になんて来てるんだい?」 「それが、夏奈子ちゃんの家に行ってもいなかったので…。」 水琴は冴木に当たり前の事を聞かれ、言葉を濁す。しかし、すかさず水琴は聞き返す。 「ところで先生。」 「先生が今日最初に学校に帰ってきたのはいつですか?」 「さあ、正確には覚えてないけど夕方くらいかな?他の先生達は帰っちゃったけどね。」 「帰ってたんですよね?先生は、その時に今日はじめて学校に来たんですよね?」 「だからそう言ってるだろう。それがどうかしたのかい?」 「いえ、ただ、先生も生徒も帰った夕方に来ただけの人が、昼間早退した夏奈子ちゃんの事を知ってるのはどうしてかと思っただけです。」 「……。」 最後の言葉をはっきりと言い切った水琴。冴木は不気味な笑顔を崩さぬまま言葉を失う。 「まあ、出席簿を確認すればわかることだよ。今日の授業は佐藤先生に任せてしまったからね。確認するのは当然だろう?」 「そうですね。帰りが随分と遅かったみたいですけど、出張は遠いところだったんですか?」 「まあ、車で行けるくらいだけどね。思ったよりも時間が掛かってしまったんだよ。」 「出張で時間が掛かったっていうのに、これから仕事だなんて大変ですね。」 「まあ、これは好きでやってる事だからね。ちょっと大変だけど、楽しみにやってる事さ。フフフ…。」 作品の話になると、冴木は不気味に笑う。心底、何かを楽しみにしているようである。 「そういえば気になってたんですけど…。」 「なんだい?」 水琴は再び話題を変える。 「私と雄一郎君の事を襲ってきた変な人がいたじゃないですか。」 「ああ、アレね。僕が引き取ったよね。」 「はい、それで、あの後どうしたんですか?」 「一応警察に突き出したよ。その後は知らないけどね。」 「そうなんですか。さっき外で見掛けたんですよ。」 「そうなんだ。噂の犯人じゃなかったみたいだね。」 「そうみたいです。先生は見ませんでしたか?」 「いや、僕は夕方からずっと学校にいたからね。」 「入口の全ての鍵を閉めて学校にいたんですね。」 「……どういう事だい?」 冴木は一瞬言葉を失うが、すぐさま聞き返す。 「夕方、雄一郎君は学校に戻ってきたんですよ。その時は入口の鍵は全部閉まってたみたいです。それで、さっき入ろうとした時も鍵は閉まってたんですよ。」 「何が言いたいんだい?」 「あの変な人は校舎から出てきました。」 「何を言ってるんだい?」 「あの人は中から鍵を開けて出てきました。それで私達は学校の中に入れたんです。」 「そうか。だけど無用心だね。そんな人を中に入れておくなんて。」 「先生は学校に入った後、わざわざ鍵をしたんですね。」 「そうだよ。だって、変な人に勝手に入られたら大変じゃないか。」 「先生は、外から人が入られないようにしておきながら、中に変な人が入っていないかどうかを確かめなかったんですね。」 「……ああ、そいつはうっかりしてたねぇ。」 冴木は無機質な声で己の非を認める。水琴はなんとか平静を保ちながら言葉を続ける。 「先生は今日、何か荷物でもあったんですか?」 「ん?まあ、ちょっとね。なんでそんな事聞くんだい?」 「駐車場に止まってるのは先生の車ですよね?あの車、いっつもシートが広げられてますよね。」 「ああ、あれは作品の素体だからね。見られても嫌だし、丁重に扱わないとね。」 「変な人を連れて行った時もシートが被ってましたよね?変な臭いもしてました。」 「あれは、変な芳香剤を…。」 「私には何かが腐った臭いに感じました。」 「え…?」 冴木の笑みに微妙な変化が見られる。水琴はそのまま質問を繰り返す。 「あの日、何を載せてたんですか?随分大きかったですよね?」 「あれは、作品の素体だよ。ちょっと大きかったから気なったのかい?」 「はい。あの腐ったような臭いは、そのシートからしたように感じました。」 「そうか。でも、僕の作るものは大体そんなもんだよ。」 「そうなんですか…。」 水琴は一旦言葉を切り、意を決したように話し始める。 「私、あの日見たんですけど…。」 「何をだい?」 「職員室前の廊下から駐車場を見てました。あの時、先生が見えたんです。なんだか車の中を整理してるようでした。」 「……それで?」 「最初は、女の子と一緒に整理してるのかと思いました。でも、少し経って思ったんです。女の子はずっと横たわっていただけなんですよね。先生はその女の子の周りを整理してたんですよね。」 「……。」 「つまり、私と雄一郎君の前に先生が来た時、あの車にはその女の子が載ってたんです。そして、あの臭いは、その女の子の…死臭。」 無言の空気が流れる。最後まで言い切った水琴は固唾を呑んで冴木の様子をうかがう。 「そうか…。」 冴木は引き戸から手と背中を離し、直立する。俯いていた顔を上げて水琴を直視する。 水琴は、その狂気に満ちた笑顔の前に驚愕する。 「見られてたんじゃしょうがないよなぁ……!」 |